おじさんには恋なんて出来ない
 演奏は約二時間ほどで終わった。全部で大体二十曲ぐらい。時々トークを挟みながらだったが、かなり濃密な二時間だった。

 アンコールも終えると、MIYAは観客席側に置かれた物販の机に来た。せっかくなので辰美も並んだ。

 物販ではグッズを売っているようだ。しかし、「流石に俺は買えないな」、と思った。もう少し若ければ買ったかもしれないが、この歳になると恥ずかしいと思ってしまう。

 何も買わないのは失礼だろうから、先日のように投げ銭箱があるとありがたいのだが、今日はライブだからか置いていないようだった。

 やがて辰美の番が来た。辰美が前に来ると、MIYAはこんばんは、と微笑んだ。

「こんばんは。今日の演奏もとても良かったです」

「ありがとうございます。今日は、お仕事帰りですか?」

 辰美がスーツを着ていたのでそう思ったのだろう。辰美の他はほとんど私服の客ばかりだった。

「はい。スーツで来ると目立ってしまいますね。今度は普通の服で来ます」

「いえ、そういうお客さんもいますから大丈夫ですよ。今日はたまたまです」

「えっと────」辰美は視線を落とした。何も買わずに帰ることがなんだか失礼に思えたのだ。会話だけして帰るのか、と思われたら嫌だが、かと言ってタオルを持っていても仕方ないし、同じCDを何枚も買うわけにもいかない。

 迷っていると、「あの、無理しなくて大丈夫です」とMIYAが言った。

「押し付ける気はありませんから。チケットを買っていただいたので、気にしないで下さい」

「すみません。どうにも慣れなくて。じゃあ、また聴きに行きます」

 お辞儀をして次の観客に譲った。列にはまだ何人か並んでいた。

 辰美はライブハウスを出て駅に向かった。慣れない時間で緊張もしたが、とても満足した。

 MIYAは喋り慣れていないのかたどたどしく、話が短い。お喋り上手というわけではないようだ。落ち着いた大人しい性格なのだろう。

 だが、ひとたび鍵盤を叩くとまるで違う人物になる。力強いタッチに滑らかな動き。曲に合わせて表情を変えるところも見ていて飽きなかった。

 ────ん? あれ?

 電車に乗って数駅過ぎた時だった。辰美はふとポケットを探って慌てた。

 入れたと思っていたはずのスマホがない。一体どこにいったのだろう。

 鞄の中を探してみるものの見当たらなかった。もしかして────先程のライブハウスに忘れたのだろうか。もし盗まれたり壊れたりしていたら最悪だ。

 すぐさま降りて慌てて引き返した。
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