おじさんには恋なんて出来ない
大急ぎでライブハウスまで戻ったが、店が閉まっていないかヒヤヒヤした。やがて店に近づくと、ふと、少し離れた位置にいる男女を見つけた。
────ん? あれは……。
よく目を凝らしてみると、女性の方はMIYAだった。もう一人いる男性は誰だろうか。辰美と同じぐらいの年齢に見える。
辰美は奇妙に思った。二人は何か話しているようだが、MIYAの表情はなんだか穏やかではない。言い争っているふうではないが、喧嘩しているような雰囲気を感じた。
なんとなく放っておけなくなって近付いた。辰巳が「何かありましたか」と声を掛けると、男の方はギョッとした様子で振り返った。MIYAも少し驚いた様子だった。
「どうかしましたか」
「な、なんでもありません」
男は苦虫を噛み潰したような顔をして逃げるように去った。一体なんだったのだろうか。男が去った方を見ていると、不意にMIYAが礼を言った。
「あの……ありがとうございます」
「え?」
「見苦しいところを見せてしまってすみませんでした。助かりました」
「いえ、お節介を焼いてすみません。なんだか穏やかな様子じゃないなと思って……」
「出待ちされてたんです。それで捕まっちゃって……」
これが噂の出待ちか。アイドルのニュースでよく見るが本当にあるらしい。辰美は驚くと同時に物珍しく思った。MIYAはアイドルではないが、ピアニスト相手でもそういうことを考える人間がいるのだろう。だが、女性が嫌がっているのにするのはいただけない。
「お役に立てたならよかったです」
「あの、あなたはどうしてここに? かなり前に出ませんでしたか」
「あっ……」
辰美はようやくスマホのことを思い出した。自分はそれを取りに来ていたのだ。
「会場にスマホを忘れてしまったかもしれないんです。まだ開いてますかね」
「あ……表は閉まってるので、裏口しか空いてないんです。ちょっと待っててください」
MIYAは背中に背負っていた大きなケースを持ってすぐ近くにあったビルの扉の中に入った。一緒について行くのも変なので、辰美は言われた通り待つこことにした。
少し経つと、裏口からMIYAが出てきた。その手には辰美のスマホケースが握られていた。
「これですか?」
「それです。すみません。わざわざありがとうございました」
「いえ……じゃあ、失礼します」
MIYAは駅の方に足を向けた。だが、どうも道の先の方を伺っているような様子に、辰美は首を傾げた。
「どうかしましたか」
「いえ……」
もしかしたら、と思った。先ほどの男性のことが気になるのだろうか。出待ちしていたぐらいだ。待ち伏せしている可能性もある。女性ならば怖いだろう。
少し迷ったが、辰美は財布に入れていたタクシーチケットを渡した。
「あの、もし良かったら使ってください」
仕事用に買っていたタクシーチケットだが、請求しなければ自費になる。千円程度のものだが、駅まで行くには十分だろう。
「え、これ……」
「荷物も大きいですし、タクシーの方が安全ですよ。必要なかったら別のことに使ってくださって構いませんから」
MIYAは申し訳なさそうに「ありがとうございます」と頭を下げた。
「じゃあ、お疲れ様です」
仕事終わりのような挨拶をして、辰美は背を向けた。本当はまだ気になるが、送るわけにもいかなかった。
それにしてもアーティストは大変だ。まさかアイドルでもない女性にそんなことをする男がいるなど、思いもしなかった。
仕事終わりで疲れているだろうにスマホまで取って来てくれて、親切な上に美人なのだ。おまけにピアノの腕前も素晴らしい。あれでは男が放っておかないだろう。
ピアノを弾いている時のMIYAを思い出すとなんだか心の奥が《《むず痒く》》なった。自分も若ければ、ああやって彼女にアタックしただろうか。
演奏を聴いて満たされたはずなのに、なんだか物悲しくなった。歳をとると女性に好意を持つことすらいけないことのように思えた。
────ん? あれは……。
よく目を凝らしてみると、女性の方はMIYAだった。もう一人いる男性は誰だろうか。辰美と同じぐらいの年齢に見える。
辰美は奇妙に思った。二人は何か話しているようだが、MIYAの表情はなんだか穏やかではない。言い争っているふうではないが、喧嘩しているような雰囲気を感じた。
なんとなく放っておけなくなって近付いた。辰巳が「何かありましたか」と声を掛けると、男の方はギョッとした様子で振り返った。MIYAも少し驚いた様子だった。
「どうかしましたか」
「な、なんでもありません」
男は苦虫を噛み潰したような顔をして逃げるように去った。一体なんだったのだろうか。男が去った方を見ていると、不意にMIYAが礼を言った。
「あの……ありがとうございます」
「え?」
「見苦しいところを見せてしまってすみませんでした。助かりました」
「いえ、お節介を焼いてすみません。なんだか穏やかな様子じゃないなと思って……」
「出待ちされてたんです。それで捕まっちゃって……」
これが噂の出待ちか。アイドルのニュースでよく見るが本当にあるらしい。辰美は驚くと同時に物珍しく思った。MIYAはアイドルではないが、ピアニスト相手でもそういうことを考える人間がいるのだろう。だが、女性が嫌がっているのにするのはいただけない。
「お役に立てたならよかったです」
「あの、あなたはどうしてここに? かなり前に出ませんでしたか」
「あっ……」
辰美はようやくスマホのことを思い出した。自分はそれを取りに来ていたのだ。
「会場にスマホを忘れてしまったかもしれないんです。まだ開いてますかね」
「あ……表は閉まってるので、裏口しか空いてないんです。ちょっと待っててください」
MIYAは背中に背負っていた大きなケースを持ってすぐ近くにあったビルの扉の中に入った。一緒について行くのも変なので、辰美は言われた通り待つこことにした。
少し経つと、裏口からMIYAが出てきた。その手には辰美のスマホケースが握られていた。
「これですか?」
「それです。すみません。わざわざありがとうございました」
「いえ……じゃあ、失礼します」
MIYAは駅の方に足を向けた。だが、どうも道の先の方を伺っているような様子に、辰美は首を傾げた。
「どうかしましたか」
「いえ……」
もしかしたら、と思った。先ほどの男性のことが気になるのだろうか。出待ちしていたぐらいだ。待ち伏せしている可能性もある。女性ならば怖いだろう。
少し迷ったが、辰美は財布に入れていたタクシーチケットを渡した。
「あの、もし良かったら使ってください」
仕事用に買っていたタクシーチケットだが、請求しなければ自費になる。千円程度のものだが、駅まで行くには十分だろう。
「え、これ……」
「荷物も大きいですし、タクシーの方が安全ですよ。必要なかったら別のことに使ってくださって構いませんから」
MIYAは申し訳なさそうに「ありがとうございます」と頭を下げた。
「じゃあ、お疲れ様です」
仕事終わりのような挨拶をして、辰美は背を向けた。本当はまだ気になるが、送るわけにもいかなかった。
それにしてもアーティストは大変だ。まさかアイドルでもない女性にそんなことをする男がいるなど、思いもしなかった。
仕事終わりで疲れているだろうにスマホまで取って来てくれて、親切な上に美人なのだ。おまけにピアノの腕前も素晴らしい。あれでは男が放っておかないだろう。
ピアノを弾いている時のMIYAを思い出すとなんだか心の奥が《《むず痒く》》なった。自分も若ければ、ああやって彼女にアタックしただろうか。
演奏を聴いて満たされたはずなのに、なんだか物悲しくなった。歳をとると女性に好意を持つことすらいけないことのように思えた。