おじさんには恋なんて出来ない
「メイクよし、格好よし……」

 パウダールームに入ってからすでに十分ほど経っていた。

 美夜は指差し確認をしながら鏡に映る自分の姿を確かめる。

 今日のメインは次のライブの打ち合わせのはずだったのに、一体なぜこんなことになっているのか。

 時刻を確認し、もう一度鏡の自分を確かめた。ビジュアルはバッチリだ。清楚で品よく、落ち着いて見える格好を選んだ。男ウケもいいはず。

 待ち合わせの時刻まであと十五分。とはいえ、待ち合わせ場所は目と鼻の先だからすぐに着いてしまう。

 辰美は予告通り、店の近くにあるドラッグストアの前に立っていた。すらりとした高い背はスーツが映える。その辺でよく見かけるグレーのスーツも、辰美が着ると不思議なほど格好良く見えた。

「お待たせしました」

「いえ、来たばかりですから」

「お店の予約もすみません。助かりました」

「美夜さんの口に合えばいいのですが」

 ────あれ? 辰美さんなんだか格好が違う?

 辰美は基本的にシンプルな格好を好んでいた。私服もそうだ。腕時計はパソコンに当たるからという理由で付けたところを見たことがないし、香水はよく分からないから、と言ってつけない。ネクタイピンもいつもシンプルなもので、飾り気がない。

 けれど今日は腕時計を着けている。香水なのか分からないが、なんとなく微かにいい香りがする。ネクタイピンも、派手ではないが辰美には珍しいデザインだった。

 まさか私会うためにお洒落した────なんて、あるわけがない。美夜は考えを振り払い、「行きましょう」と告げた。
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