おじさんには恋なんて出来ない
美夜が「今日、辰美さんの家に行ってもいいですか」とメッセージを送ると、辰美は「勿論だよ」と快く返事してくれた。
バイトを終えて一旦家に戻り、夕方また辰美の家に出掛けた。
仕事を終えてすぐに会社を出たのか、辰美は美夜よりも早く最寄り駅に着いていた。
この間から何度も顔を合わせているのに、なんだか久しぶりに会った気がする。辰美は美夜を見て嬉しそうに笑った。
「こんばんは。今日、仕事は大丈夫なのか?」
「はい……。今日は、何もないので」
「そうか。お腹空いてないか? 外で食べるか、家で食べるなら何か買って帰るけど……」
「えっと、じゃあ家で」
「分かった。じゃあ、ちょっとスーパー寄って帰ろう。冷蔵庫にあんまり食材がないんだ」
「はい」
いつもと変わらない態度で、美夜は安心した。
辰美はメッセージの返信が遅れたことはなんとも思っていないようだ。それは自分に執着していないということなのか、それとも心が広いだけなのか。それとも────。
それから駅の近くにあるスーパーで買い物をしてからマンションに向かった。
辰美のマンションに行くのは引っ越し以来だ。中に入ると、あの時と何も変わっていなかった。物の配置も、匂いも。浮気を疑わせるようなものはどこにもない。
「美夜さんは寛いでて。俺が作るから」
「えっ、いえ、私が作ります!」
「せっかく来てもらったのに悪から。疲れてるだろうし……」
やっぱり、辰美は優しい。美夜は疑っていた自分が恥ずかしくなった。辰美だって仕事で疲れているのに────こんな人が浮気をするわけがない。
「私が作ります! 辰美さんはゆっくりしててください!」
勢いよく答えると、辰美は「そうか、助かるよ」と言って引いた。
「ごめん。じゃあ、任せてもいいかな。俺はちょっと仕事の連絡をするから」
「はい。大丈夫です」
辰美はベッドを置いている部屋に入った。そこに置かれている書斎机で仕事をするのだろう。美夜はそれを見届けると早速料理を始めた。
料理は簡単なものにした。美夜自身それほど得意というわけでもないので、ほとんど切って焼く。切って煮るだけのものだ。
辰美は多少自炊しているのか。キッチンを使っている形跡はある。だが、基本的には綺麗なまま、引っ越し当初から変わっていなかった。
食事が出来たので辰美に声を掛けに行くと、辰美はまだパソコンの前で作業していた。
「辰美さん、ご飯出来ました」
「ああ……」
辰美はマウスを操作したあと、手を止めて立ち上がった。
「ありがとう。手間をかけたね」
「大したものじゃありませんけど……」
「いや、助かるよ。食べようか」
テーブルの上に乗っているのは野菜と肉の炒め物と味噌汁、ご飯だ。見た目も味付けもシンプルで正直まったく手間はかかっていない。なんだったら時間が余ってご飯が炊けるのを待っていたくらいだ。
「こんなまともな食事は久しぶりだな」
「え? でも辰美さん自炊出来るんですよね」
「そうなんだけど、久しぶりに自分で作ると面倒でね。引っ越してからはほとんど出来合いのものを買ってたんだ。お米ぐらいは炊いてたけどね。味噌汁もインスタントで済ませてたし」
「体に良くないですよ」
「はは、そうだなぁ……会社の子にもよく叱られるよ」
────会社の子。
美夜は頭にあの女性を浮かべた。あの女性は、会社でどういう立ち位置なのだろうか。辰美とはどんな関係なのだろう。せっかく忘れかけたのにまた気になってしまう。
「あの……この間、ストリートに連れてきてた女性ですけど……」
「ああ、有野くんか。ごめん。突然連れて行って驚いただろう」
有野。覚えたくもないけれど、覚えてしまう。
「いえ……」
「君の演奏が気に入ったみたいでね。ブログもチェックしてて、ストリートに誘われたから、それで一緒に行くことになったんだ。俺も君と話したかったし」
「そう、だったんですね」
「でも、人が多かったから結局話せなかったけど」
辰美ははは、と残念そうに笑った。あの日二人が来たのは偶然だった、ということだろうか。それなら気にするほどでもないのか……。
有野が辰美を誘ったのはなぜだろう。同じアーティストが好きだからだろうか。それとも、《《辰美と一緒に》》行きたかったからなのか。
バイトを終えて一旦家に戻り、夕方また辰美の家に出掛けた。
仕事を終えてすぐに会社を出たのか、辰美は美夜よりも早く最寄り駅に着いていた。
この間から何度も顔を合わせているのに、なんだか久しぶりに会った気がする。辰美は美夜を見て嬉しそうに笑った。
「こんばんは。今日、仕事は大丈夫なのか?」
「はい……。今日は、何もないので」
「そうか。お腹空いてないか? 外で食べるか、家で食べるなら何か買って帰るけど……」
「えっと、じゃあ家で」
「分かった。じゃあ、ちょっとスーパー寄って帰ろう。冷蔵庫にあんまり食材がないんだ」
「はい」
いつもと変わらない態度で、美夜は安心した。
辰美はメッセージの返信が遅れたことはなんとも思っていないようだ。それは自分に執着していないということなのか、それとも心が広いだけなのか。それとも────。
それから駅の近くにあるスーパーで買い物をしてからマンションに向かった。
辰美のマンションに行くのは引っ越し以来だ。中に入ると、あの時と何も変わっていなかった。物の配置も、匂いも。浮気を疑わせるようなものはどこにもない。
「美夜さんは寛いでて。俺が作るから」
「えっ、いえ、私が作ります!」
「せっかく来てもらったのに悪から。疲れてるだろうし……」
やっぱり、辰美は優しい。美夜は疑っていた自分が恥ずかしくなった。辰美だって仕事で疲れているのに────こんな人が浮気をするわけがない。
「私が作ります! 辰美さんはゆっくりしててください!」
勢いよく答えると、辰美は「そうか、助かるよ」と言って引いた。
「ごめん。じゃあ、任せてもいいかな。俺はちょっと仕事の連絡をするから」
「はい。大丈夫です」
辰美はベッドを置いている部屋に入った。そこに置かれている書斎机で仕事をするのだろう。美夜はそれを見届けると早速料理を始めた。
料理は簡単なものにした。美夜自身それほど得意というわけでもないので、ほとんど切って焼く。切って煮るだけのものだ。
辰美は多少自炊しているのか。キッチンを使っている形跡はある。だが、基本的には綺麗なまま、引っ越し当初から変わっていなかった。
食事が出来たので辰美に声を掛けに行くと、辰美はまだパソコンの前で作業していた。
「辰美さん、ご飯出来ました」
「ああ……」
辰美はマウスを操作したあと、手を止めて立ち上がった。
「ありがとう。手間をかけたね」
「大したものじゃありませんけど……」
「いや、助かるよ。食べようか」
テーブルの上に乗っているのは野菜と肉の炒め物と味噌汁、ご飯だ。見た目も味付けもシンプルで正直まったく手間はかかっていない。なんだったら時間が余ってご飯が炊けるのを待っていたくらいだ。
「こんなまともな食事は久しぶりだな」
「え? でも辰美さん自炊出来るんですよね」
「そうなんだけど、久しぶりに自分で作ると面倒でね。引っ越してからはほとんど出来合いのものを買ってたんだ。お米ぐらいは炊いてたけどね。味噌汁もインスタントで済ませてたし」
「体に良くないですよ」
「はは、そうだなぁ……会社の子にもよく叱られるよ」
────会社の子。
美夜は頭にあの女性を浮かべた。あの女性は、会社でどういう立ち位置なのだろうか。辰美とはどんな関係なのだろう。せっかく忘れかけたのにまた気になってしまう。
「あの……この間、ストリートに連れてきてた女性ですけど……」
「ああ、有野くんか。ごめん。突然連れて行って驚いただろう」
有野。覚えたくもないけれど、覚えてしまう。
「いえ……」
「君の演奏が気に入ったみたいでね。ブログもチェックしてて、ストリートに誘われたから、それで一緒に行くことになったんだ。俺も君と話したかったし」
「そう、だったんですね」
「でも、人が多かったから結局話せなかったけど」
辰美ははは、と残念そうに笑った。あの日二人が来たのは偶然だった、ということだろうか。それなら気にするほどでもないのか……。
有野が辰美を誘ったのはなぜだろう。同じアーティストが好きだからだろうか。それとも、《《辰美と一緒に》》行きたかったからなのか。