おじさんには恋なんて出来ない
 美夜はすぐにでも辰美に伝えたくて、その日のうちに会いたいと伝えた。

 仕事終わり、辰美と駅で待ち合わせした。ソワソワしながら待っていると、スーツ姿の辰美がやってきた。

 会った時からやけにニコニコしていたからか、辰美は「何か嬉しいことがあったんだね」と微笑んだ。

 多分、辰美に会えたからでもある。

 二人で店に入って、一杯目の酒を頼んだ。間髪入れず、美夜は口を開いた。

「実は、辰美さんにご報告があるんです」

「うん」

 辰美は嬉しそうに笑う。

「前に、一緒にご飯に行ったときに話しかけてきた人いるじゃないですか。私が演奏してるレストランのオーナーさん。あの人が仕事をくれて、今度サポートでライブに出させてもらえることになったんです」

「本当か!」

 辰美は珍しく大声を上げた。だが、声は店のBGMと周りの喧騒で誤魔化された。辰美が喜んでくれていると思うと、美夜は嬉しかった。

「はい。まだちょっと先の話なんですけど……もし来れそうだったら────」

「行くよ。仕事休んででも行く。どこでやるんだ?」

「渋谷にあるアクトプレイズってライブハウスです。結構大きなライブハウスなんですよ」

「そうか……美夜さんもそんなところでライブするようになったのか」

「そんな、大袈裟ですよ。私はただのサポートですから」

「でも、君の演奏を買ってくれたから頼んできたんだろう? すごいことだよ」

 辰美がそういうと本当にそう思えてくる。調子に乗ってはいけないと思っていたが、ちょっとは誇りに思ってもいいだろうか。

 自分のライブでもないし、自分の曲を聞いてもらえるわけでもない。けれど、人前でピアノを弾けるだけでも嬉しい。

「辰美さんは私が招待しますね」

「駄目だよ。チケット代ぐらい自分で払う」

「プレゼントだと思って受け取ってください。いつも小さい箱でしかライブできないから、ちゃんとしたところに招待したいんです」

 何度か頼むと、辰美も折れたのか、仕方なさそうに息をついた。

「この歳で女の子におごられるとはな」

 男性のプライドもあるのかもしれない。だが、普段辰美には出してもらってばかりだ。チケット代ぐらい払わないと肩身が狭い。

 ────そういえば、辰美さんの誕生日っていつなんだろ?

 それはふと湧いた疑問だった。

「あの、辰美さんの誕生日っていつなんですか?」

「え? 急にどうしたんだ?」

「ちょっと気になって。聞いたことないので」

「十一月十一日だよ」

 十一月。今は九月だから、少し先だ。けれどいいことを聞いた。

「何か欲しいものありますか?」

 尋ねると、辰美は困ったように笑った。

「ありがとう。でも、大丈夫だよ」

 遠慮しているのは自分を気遣っているからだろうか。けれど誕生日だ。この時ぐらい何かしないと、彼女の名が廃る。

 美夜が諦めないと睨んでいると、辰美はしばらく宙に視線を浮かせた後、頷いた。

「分かった。考えておくよ」

「有耶無耶にしないでくださいね。何回でも聞きますから」

「大丈夫。目星はつけておくから」

 ────ああ、まるで恋人同士みたい。

 分かりきったことを考える。

 辰美と前より距離が近い。それが嬉しくて。こんなやりとりが楽しくて。
 
 人生の絶頂期があるなら、それは今かもしれない、なんて思う。
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