おじさんには恋なんて出来ない
辰美に連絡する気になったのは結局夜になってからだった。
ベッドの上でスマホを睨み合うこと数十分。美夜はようやくそのボタンを押した。
コール音が鳴る。いつもよりかなり待ったあと、電話は繋がった。
「もしもし、辰美さん……?」
『ああ』
なんだか暗い声だ。それだけで不安が増す。
────尻込んじゃ駄目。ちゃんと話さなくちゃ。
『……美夜さん、話したいことがあるんだ。今日は……仕事か?』
「い、いえ。仕事はありません」
『じゃあ、そっちに行ってもいいか』
「はい。大丈夫です。待ってます」
『分かった。車で行くから……いや、すまない。やっぱりこのまま電話で話してもいいか』
なぜ、急に変えたのか。一瞬疑問に思いつつも、美夜は大丈夫ですと答えた。正直会って話したほうが不安はなくなるが、無理は言えない。
『……実は今日、別れた妻が連絡してきたんだ』
「えっ」
それはまさにタイムリーな出来事だった。まさか辰美の方にも行っていたなんて。
『話があると言われた。それで……君にはすまないが、仕事が終わったあと会ったんだ』
嫌な感情がもわっと広がる。だが、なにも言わなかった。別れた妻と会う────。辰美のことだ。何か事情があったのだろう。
辰美は元妻と一体なにを話したのだろうか。頭にあの手紙のことが浮かぶ。
「それで……どうなったんですか」
『やり直さないかと、言われた』
ああ、やっぱり。
それで? 辰美さんはどうするの? 復縁して、私と別れるの?
不安が答えを急かそうとする。
美夜が黙っていると、辰美は落ち着いて答えた。
『けど、俺は寄りを戻すつもりはないんだ』
「え……」
『久しぶりに会ったけど、彼女の中には反省とか、本当に俺のことが好きだって気持ちは感じられなかった。彼女なりにこの一年色々考えたんだと思うけど……一緒にやっていくには考えが違いすぎる』
「で、でも……」
『それに、今付き合ってるのは君だ。何か重要なことだと思って会いに行ったけど、正直後悔してる。彼女は……』
聞いたことのない暗い声だった。突然元妻が連絡してきたと思ったら復縁しようと言われて驚いたのだろう。
だが、本当にそれだけだろうか。それにしてはあまりも辛そうに喋っていた。いつも穏やかで、励ましてくれる辰美とは思えないほどの。
『君に断りもなく会いに行ってしまったから、そのことを伝えたかったんだ。不愉快に思っただろう。すまない』
「いえ……私は、大丈夫です」
ここで手紙のことを伝えたら、辰美はますます弱ってしまうのではないか。そんな考えが浮かんで、なかなか言い出せない。
あんな手紙が来たと知ったら辰美はどう思うだろう。どうするだろう。元妻に怒るだろうか。
元妻か会ったことがないから分からないが、あの手紙から察するに、気が強い女性なのかもしれない。浮気したのは自分なのに復縁しようなんて、図々しいにも程がある。
辛そうな辰美に思い出させるのは酷だ。聞きたいことはあったが、今は言わないほうがいい。
『……ごめん。それが言いたかったんだ』
「分かりました。私のことは気にしないで下さい。辰美さんも気にしないで、過ぎたことだと思って忘れましょう」
『ありがとう……じゃあ』
「はい。おやすみなさい」
電話が切れた。
ちっともスッキリしないまま、美夜はスマホをベッドの上に投げた。
────どうしよう。
手紙はまだとってある。気味が悪くて捨てたいが、何かあった時のために取っておいたほうがいいと詩音に言われた。仕方ないので靴箱の中に入れている。
辰美は断ったはずだ。今はまだ、急に連絡してきた元妻のせいで冷静になれていないだけだ。
辰美が断れば元妻も復縁を諦めるだろう。そう思いたかった。
ベッドの上でスマホを睨み合うこと数十分。美夜はようやくそのボタンを押した。
コール音が鳴る。いつもよりかなり待ったあと、電話は繋がった。
「もしもし、辰美さん……?」
『ああ』
なんだか暗い声だ。それだけで不安が増す。
────尻込んじゃ駄目。ちゃんと話さなくちゃ。
『……美夜さん、話したいことがあるんだ。今日は……仕事か?』
「い、いえ。仕事はありません」
『じゃあ、そっちに行ってもいいか』
「はい。大丈夫です。待ってます」
『分かった。車で行くから……いや、すまない。やっぱりこのまま電話で話してもいいか』
なぜ、急に変えたのか。一瞬疑問に思いつつも、美夜は大丈夫ですと答えた。正直会って話したほうが不安はなくなるが、無理は言えない。
『……実は今日、別れた妻が連絡してきたんだ』
「えっ」
それはまさにタイムリーな出来事だった。まさか辰美の方にも行っていたなんて。
『話があると言われた。それで……君にはすまないが、仕事が終わったあと会ったんだ』
嫌な感情がもわっと広がる。だが、なにも言わなかった。別れた妻と会う────。辰美のことだ。何か事情があったのだろう。
辰美は元妻と一体なにを話したのだろうか。頭にあの手紙のことが浮かぶ。
「それで……どうなったんですか」
『やり直さないかと、言われた』
ああ、やっぱり。
それで? 辰美さんはどうするの? 復縁して、私と別れるの?
不安が答えを急かそうとする。
美夜が黙っていると、辰美は落ち着いて答えた。
『けど、俺は寄りを戻すつもりはないんだ』
「え……」
『久しぶりに会ったけど、彼女の中には反省とか、本当に俺のことが好きだって気持ちは感じられなかった。彼女なりにこの一年色々考えたんだと思うけど……一緒にやっていくには考えが違いすぎる』
「で、でも……」
『それに、今付き合ってるのは君だ。何か重要なことだと思って会いに行ったけど、正直後悔してる。彼女は……』
聞いたことのない暗い声だった。突然元妻が連絡してきたと思ったら復縁しようと言われて驚いたのだろう。
だが、本当にそれだけだろうか。それにしてはあまりも辛そうに喋っていた。いつも穏やかで、励ましてくれる辰美とは思えないほどの。
『君に断りもなく会いに行ってしまったから、そのことを伝えたかったんだ。不愉快に思っただろう。すまない』
「いえ……私は、大丈夫です」
ここで手紙のことを伝えたら、辰美はますます弱ってしまうのではないか。そんな考えが浮かんで、なかなか言い出せない。
あんな手紙が来たと知ったら辰美はどう思うだろう。どうするだろう。元妻に怒るだろうか。
元妻か会ったことがないから分からないが、あの手紙から察するに、気が強い女性なのかもしれない。浮気したのは自分なのに復縁しようなんて、図々しいにも程がある。
辛そうな辰美に思い出させるのは酷だ。聞きたいことはあったが、今は言わないほうがいい。
『……ごめん。それが言いたかったんだ』
「分かりました。私のことは気にしないで下さい。辰美さんも気にしないで、過ぎたことだと思って忘れましょう」
『ありがとう……じゃあ』
「はい。おやすみなさい」
電話が切れた。
ちっともスッキリしないまま、美夜はスマホをベッドの上に投げた。
────どうしよう。
手紙はまだとってある。気味が悪くて捨てたいが、何かあった時のために取っておいたほうがいいと詩音に言われた。仕方ないので靴箱の中に入れている。
辰美は断ったはずだ。今はまだ、急に連絡してきた元妻のせいで冷静になれていないだけだ。
辰美が断れば元妻も復縁を諦めるだろう。そう思いたかった。