おじさんには恋なんて出来ない
バイト先の近くにあるチェーン店のカフェに行くと、美夜と詩音は揃って抹茶オレを頼んだ。
けれど正直抹茶オレを楽しむだけの心の余裕はない。
席に着くと、詩音の方が切り出した。
「それで、どうしたの?」
美夜は迷った挙句、鞄の中から朝、ポストの中に入っていた茶封筒を取り出した。それをそのまま詩音に手渡す。
「朝……うちのポストに入ってたの」
詩音は封筒を受け取ると、封筒の表面を確認した。だが、一瞬訝しげな表情を浮かべ、美夜に視線を向ける。そして、「見てもいい?」と言った。
美夜が頷き、詩音は破れた箇所から中に入った紙を取り出した。詩音の歪な表情が一層酷くなる。そして間髪入れずに言った。
「なにこれ……」
その問いに、美夜は分からないと答えた。本当は分かっていたが、正直に言う勇気はなかった。しかし、詩音はその答えをいとも簡単に告げてしまう。
「『日向辰美の妻です』って……これ、美夜ちゃんの彼氏じゃないの。既婚者だったの!?」
「……違うよ。辰美さんは一年前に離婚してるの。だから、その人は多分……別れた奥さん」
手紙の内容は簡潔に言うと、辰美と別れてほしいというものだたった。
辰美がどのように元妻と別れたかは知らない。離婚の理由は知っているが、それ以上は彼の古傷をえぐるため聞かないようにしていた。
「え、じゃあ別れた奥さんが手紙送ってきたってこと!?」
さも信じられない、といった顔だ。美夜もそう思っていた。
一体なぜ自分にこのような手紙を送ってきたのだろう。辰美は元妻と連絡を取っていたのだろうか。きっと違う。辰美は元妻のことを話したがらなかった。辰美が自分から交際相手のことを話したとは考えにくい。
だとすると元妻が勝手に調べたということになる。
詩音は手紙を見て絶句していた。テーブルの上に手紙を置き、しばらく眺める。美夜も暗い視線でその紙に書かれた文字を眺めた。
『日向辰美の妻です。突然このような手紙を送って驚いていることと思います。あなたに言いたいことがあってご連絡させていただきました。
単刀直入に言って、辰美と別れていただきたいのです。どのような経緯があったか存じませんが、あなたのような若い方が本気で付き合っているとは思えません。
私と辰美は現在離婚していますが、元は仲の良い夫婦でした。そして、元の仲のいい夫婦に戻りたいと考えています。
私たちの家庭を邪魔するような行為は到底許されないことですし、あなたも訴えられたくはないでしょう。ですので、早急に別れていただくことを望みます。』
規則正しい、流麗な文字。辰美の妻の字は美しかった。しかし言葉は丁寧なわりに冷たく、刺々しい。ひしひしと敵意を感じる文章だ。
だが、元妻が訴えていることはあまりもおかしなことだった。
辰美の話を聞く限り、家庭を壊したのは元妻だ。浮気をしたことが原因で辰美は離婚を決意した。
しかしこの文章だと邪魔したのは自分で、まるで日向夫婦を引き裂く泥棒猫呼ばわりだ。一体全体どうしてそのような勘違いが生まれたのだろうか。
だが、それよりも気になることがあった。
────辰美さんは、奥さんと寄りを戻したいの……?
そんな話は聞いていない。辰美から元妻と復縁したいという話は一度も聞かなかった。彼は悲しんでいた。そして後悔していた。
もしかして、だからやり直したいと考えているのだろうか。長年連れ添った妻だ。愛着はあるだろう。
「美夜ちゃん。これヤバイよ。関わらないほうがいいって。いきなりこんなの送ってくるなんて頭おかしいよ」
「けど……無視はできないよ」
「バツイチが悪いとは言わないけど、こんな元嫁とスッパリ切れてない時点で彼氏も悪いと思うよ。大体、離婚した原因ってそもそもなに?」
「彼の奥さんが浮気して別れたの。だから辰美さんが悪いわけじゃない」
「……分かった。けど、悪いけど言わせてもらうね。彼氏とは別れたほうがいいよ。最悪美夜ちゃん訴えられるかもしれないよ」
「私は浮気なんかしてない。辰美さんと付き合ったのは辰美さんが離婚してからだよ。なにも悪いことなんかしてない」
「けど……。こんなややこしい元嫁がいる男と付き合っても神経すり減るだけだよ。楽しそうにしてたからなにも言わなかったけど、そもそも歳の差もありすぎるし、現実的じゃないって」
そんなことを言われるなんてショックだ。詩音は応援してくれると思ったのに。
だが、正論だ。もし自分が彼女なら、友人に同じ言葉を告げただろう。
こんなややこしい元嫁がいるような男なんてやめてしまえ。もっと別の男を探せと。
しかし現実そう簡単に諦めることはできない。辰美とは遊びで付き合っているわけではない。
「彼氏はこのこと知ってるの?」
「ううん……」
「言わなきゃ。ちゃんと収集つけてもらわないと、こっちに飛び火するよ」
どうしてこんなことになったのだろう。元妻のことはもう終わったのだと思っていた。
このまま付き合って、元妻がどんなふうに出るか、考えただけでも恐ろしい。
しかし辰美はそんな中途半端なことはしないはずだ。このことを言えばちゃんと処理してくれるはず────。
────辰美さんはよりを戻すつもりなの? それとも奥さんが勝手に言ってるだけ?
どちらにしろ、話さなければ分からない。
けれど正直抹茶オレを楽しむだけの心の余裕はない。
席に着くと、詩音の方が切り出した。
「それで、どうしたの?」
美夜は迷った挙句、鞄の中から朝、ポストの中に入っていた茶封筒を取り出した。それをそのまま詩音に手渡す。
「朝……うちのポストに入ってたの」
詩音は封筒を受け取ると、封筒の表面を確認した。だが、一瞬訝しげな表情を浮かべ、美夜に視線を向ける。そして、「見てもいい?」と言った。
美夜が頷き、詩音は破れた箇所から中に入った紙を取り出した。詩音の歪な表情が一層酷くなる。そして間髪入れずに言った。
「なにこれ……」
その問いに、美夜は分からないと答えた。本当は分かっていたが、正直に言う勇気はなかった。しかし、詩音はその答えをいとも簡単に告げてしまう。
「『日向辰美の妻です』って……これ、美夜ちゃんの彼氏じゃないの。既婚者だったの!?」
「……違うよ。辰美さんは一年前に離婚してるの。だから、その人は多分……別れた奥さん」
手紙の内容は簡潔に言うと、辰美と別れてほしいというものだたった。
辰美がどのように元妻と別れたかは知らない。離婚の理由は知っているが、それ以上は彼の古傷をえぐるため聞かないようにしていた。
「え、じゃあ別れた奥さんが手紙送ってきたってこと!?」
さも信じられない、といった顔だ。美夜もそう思っていた。
一体なぜ自分にこのような手紙を送ってきたのだろう。辰美は元妻と連絡を取っていたのだろうか。きっと違う。辰美は元妻のことを話したがらなかった。辰美が自分から交際相手のことを話したとは考えにくい。
だとすると元妻が勝手に調べたということになる。
詩音は手紙を見て絶句していた。テーブルの上に手紙を置き、しばらく眺める。美夜も暗い視線でその紙に書かれた文字を眺めた。
『日向辰美の妻です。突然このような手紙を送って驚いていることと思います。あなたに言いたいことがあってご連絡させていただきました。
単刀直入に言って、辰美と別れていただきたいのです。どのような経緯があったか存じませんが、あなたのような若い方が本気で付き合っているとは思えません。
私と辰美は現在離婚していますが、元は仲の良い夫婦でした。そして、元の仲のいい夫婦に戻りたいと考えています。
私たちの家庭を邪魔するような行為は到底許されないことですし、あなたも訴えられたくはないでしょう。ですので、早急に別れていただくことを望みます。』
規則正しい、流麗な文字。辰美の妻の字は美しかった。しかし言葉は丁寧なわりに冷たく、刺々しい。ひしひしと敵意を感じる文章だ。
だが、元妻が訴えていることはあまりもおかしなことだった。
辰美の話を聞く限り、家庭を壊したのは元妻だ。浮気をしたことが原因で辰美は離婚を決意した。
しかしこの文章だと邪魔したのは自分で、まるで日向夫婦を引き裂く泥棒猫呼ばわりだ。一体全体どうしてそのような勘違いが生まれたのだろうか。
だが、それよりも気になることがあった。
────辰美さんは、奥さんと寄りを戻したいの……?
そんな話は聞いていない。辰美から元妻と復縁したいという話は一度も聞かなかった。彼は悲しんでいた。そして後悔していた。
もしかして、だからやり直したいと考えているのだろうか。長年連れ添った妻だ。愛着はあるだろう。
「美夜ちゃん。これヤバイよ。関わらないほうがいいって。いきなりこんなの送ってくるなんて頭おかしいよ」
「けど……無視はできないよ」
「バツイチが悪いとは言わないけど、こんな元嫁とスッパリ切れてない時点で彼氏も悪いと思うよ。大体、離婚した原因ってそもそもなに?」
「彼の奥さんが浮気して別れたの。だから辰美さんが悪いわけじゃない」
「……分かった。けど、悪いけど言わせてもらうね。彼氏とは別れたほうがいいよ。最悪美夜ちゃん訴えられるかもしれないよ」
「私は浮気なんかしてない。辰美さんと付き合ったのは辰美さんが離婚してからだよ。なにも悪いことなんかしてない」
「けど……。こんなややこしい元嫁がいる男と付き合っても神経すり減るだけだよ。楽しそうにしてたからなにも言わなかったけど、そもそも歳の差もありすぎるし、現実的じゃないって」
そんなことを言われるなんてショックだ。詩音は応援してくれると思ったのに。
だが、正論だ。もし自分が彼女なら、友人に同じ言葉を告げただろう。
こんなややこしい元嫁がいるような男なんてやめてしまえ。もっと別の男を探せと。
しかし現実そう簡単に諦めることはできない。辰美とは遊びで付き合っているわけではない。
「彼氏はこのこと知ってるの?」
「ううん……」
「言わなきゃ。ちゃんと収集つけてもらわないと、こっちに飛び火するよ」
どうしてこんなことになったのだろう。元妻のことはもう終わったのだと思っていた。
このまま付き合って、元妻がどんなふうに出るか、考えただけでも恐ろしい。
しかし辰美はそんな中途半端なことはしないはずだ。このことを言えばちゃんと処理してくれるはず────。
────辰美さんはよりを戻すつもりなの? それとも奥さんが勝手に言ってるだけ?
どちらにしろ、話さなければ分からない。