リモート
その3日後の朝、『今日の夜着くから』とだけメールがきた。
ぬいぐるみを受け取ったら今度こそ終わり。
そのぬいぐるみと一緒に過ごしているうちに彼への気持ちも整理できるのかな。

でも、きっと捨てられない。


その日一日をなんとなく過ごした。
笑っているのに、空しかった。
夜になってつまらない番組しかなくてチャンネルを変えていると、ドアのチャイムの音がした。

一瞬、時が止まった気がした。

俯いていて、表情が読み取れない。

でも、彼がいる。
目の前に、触れられる距離に。

「急に思い立って出てきたから、キリンは忘れた」

そういう彼は明らかに仕事を抜け出してきたような格好をしていた。

「じゃあ、何しに来たの」

彼がふっと顔を上げて、目が合う。
告白されたときより真剣な面持ちを見るなんて、思わなかった。

「会わないと後悔すると思った」

「最初からそう言ってたじゃない」

「ごめん」

「より戻すつもりなんてないくせに」

彼は顔を上げて、私を真っ直ぐに見つめた。

「最後だから来た」

『最後』という響きが胸に重く沈んだ。
最後、最後、最後。
彼と会うのもこれが最後。

「会いたかった。仕事も後回しにして新幹線に飛び乗った」

「じゃあ、なんで別れるの……」

堪えていた涙が頬を伝って、唇を濡らす。

「これが日常にならないって分かってるから」

私たちは、日常に負ける。
日常に打ち勝って新幹線に飛び乗る勇気も、リモートで満足することもない。
私たちはきっと疲れを言い訳にして、愚かにも画面越しに触れられない距離を嘆く。
それじゃ、だめなんだ。

「最後に抱き締めてもいい?」

彼のちょっとばつの悪そうな笑顔に噴き出す。

「そういうのは言わずにして」

泣き笑いを浮かべた私の背中に彼の腕の温もりを感じる。
なんて優しくて、悲しいのだろう。

「ぬいぐるみ、もういらないよ」
「うん」

私は、この別れの時間だけでいい。

こんなに近くに感じるのに。
私たちは離れていく。


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