とろけるような、キスをして。

あの頃に、思いを馳せる。




「美也子。今日はありがとう。後で連絡するね!」


「うん。晴美姉ちゃん、本当におめでとう」


「ありがとう。気を付けてね」



 披露宴が終わり、新郎新婦とその友人の大半はこの後二次会、三次会に向かうらしい。


 私と先生は晴美姉ちゃんに挨拶した後、その波をくぐり抜けて会場の外に出た。



「よし、じゃあ行くか」


「その前に着替えていい?さすがに振り袖で実家の方行くと目立つし、私一人で着物畳める自信無い」


「わかった。俺もスーツ堅苦しいから着替えるかな。どこで着替える?」


「着付けしてくれた美容室。タクシーで行ってもいい?」


「俺今日酒飲んでないし、車で来てるから乗りなよ。場所わかれば行けるし」



 先生はキーケースを揺らす。


そういえば、先生はずっと烏龍茶を飲んでいた気がする。



「いいの?」


「その方がみゃーこもタクシー代浮くし、俺も着替えるならその方が楽。みゃーこの実家とか高校も行くんだろ?ちょうど良いじゃん」


「……ありがとう」



 地下駐車場に向かうと、一台の黒いセダンが停まっていた。


綺麗に磨かれているあたり、先生の車好きがよく伝わる。



「乗って」


「……お邪魔します」



 促されて助手席に乗ると、芳香剤の爽やかな甘い香りがふわりと広がる。



「……あ、この香り好き」



 思わず呟いた言葉に、先生は



「うん。みゃーこ好きそうだよね」



と笑って答える。


 私の好みの香りなんて、伝えたことあったっけ?
覚えてないや。まぁ、どこかで言ったのだろう。



「美容室の住所わかる?」


「えっと……ちょっと待ってね」



 スマートフォンで美容室を検索すると、先生にその画面を見せる。


 慣れたようにカーナビに打ち込む姿が、昔チョークで数式を板書していた姿が思い出されて、ちょっとドキドキした。


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