今宵、ロマンチスト達ここに集いて



彬くんから聞いた話を、わたしなりに反芻しては自分の頭に落とし込み、そうやって、アヤセさんと約束した時刻を待っていた。
二人が約束していたのは夜だったが、その前に、わたしの質問にわざわざ答えに来てくれるそうだ。
それを受けて、わたし達は落ち着いて話せるように、息子を一時間ほど看護師に預けることにした。
やがて、昼食を終え、面会時間を迎えて数分後、かすかに扉をノックする音があった。

いよいよその時だと、わたしは異様なまでの緊張感で身を硬直させた。

スーッと、引き戸が開かれる。
運命の扉にしては、やけに軽い気もした。



『こんにちは。アヤセと申します。前崎 千代さんでいらっしゃいますね?』



現れたのは、三十代にも四十代にも見える、すらりと伸びた長身の男だった。
体のサイズにきちんと合ったスーツを着込んでいて、上等な男性、といった風貌の。
声はすこし低めで、わたしの好きそうなタイプの声だ。
品があって、人当たりの良さそうな表情を見せていて……きっと、きちんとしたご両親に育てられたのだろうなと想像がつく。
そんな感想がよぎると、これから我が子を手放さねばならない自分の立場が、なおも惨めに思えた。
……けれど、決心したのだ。息子を守ると。


『はじめまして。前崎千代です。夫から、色々とお話はうかがっております』

ベッドの上から緊迫色混じる挨拶をする。
個室に備えられてるソファに移動して待つつもりだったわたしを、彬くんは断固として許さなかったので、仕方なく枕を背もたれ代わりにしている体勢だ。

『ベッドの上からで失礼いたします』

『いえいえ、出産されたばかりなんですから、どうぞそのままで。本来なら体を休めるべき時期に、病室にまでお邪魔してしまい、こちらこそ申し訳ございません』

礼儀正しい態度は、アヤセさんの印象をさらに向上させた。








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