今宵、ロマンチスト達ここに集いて




結果から言えば、前崎さんは、幸いにも命を左右する大事には至らなかった。
その状況からすると、一命をとりとめた、と言った方が相応しいのかもしれないが、とにもかくにもあの急変の翌々日にはもう容態は落ち着いていて、それまでと同じように会話もできるほどになっていた。


「岸里さんにも迷惑かけちゃったわよね。ごめんなさいね」

さすがに起き上がったりはせず、ベッドで横になったままではあるけれど、茶目っ気たっぷりに言う前崎さんは、あのとき苦しみながら私の腕を握ってきた人と同一人物とは思えない。

「いえ、それが私の仕事ですから……」

この場面ではそれしかあり得ないような大正解の返事をしたものの、気持ち的には、”仕事” と割り切ってしまうことにささやかな抵抗感はあった。
前崎さんからご主人との思い出話を聞かされて、心の距離感がグッと縮まっているのかもしれない。
特定の患者さんに肩入れしてしまうのは避けるべきだと理解しているが、前崎さんに関しては特別に思ってしまうのはやむを得ないだろう。

その前崎さんは、今日も今日とて、また息子さんの話題に花を咲かせようとしていた。


「ところで、わたしが寝込んでいる間、息子っぽい人は来なかったかしら?」

「私が仕事についてる間は、来られなかった…と思いますけど」

仕事から離れてしまえば、すべてを把握できるわけもない。
前崎さんだってそれは理解しているのだろうけど、おそらく、私以外の職員には息子さんのことを話していないのだろうから、私の顔を見るなり確認してくるのはしょうがないのかもしれない。


「そうなの。よかった、まだ来てないのね」

限定的とはいえ、私の返事を聞いた前崎さんは嬉しそうだった。










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