今宵、ロマンチスト達ここに集いて
必死にも聞こえる訴えだったが、上司の沈着した態度の前では空しく浮き滑るかと思えた。
ところが上司はふっと東側の大きな窓に顔をひねると、「そうですね…」と同意を返してきたのだ。
「……おそらく、前崎さんにとっては今宵が最後の満月になることでしょう」
「そんな、それじゃあ、やっぱり……」
前崎さんの命の期限は、すぐそこまで迫ってきているのだ。
看護師の私には読めないことでも、この上司にはその時がはっきり見えているはずだから。
「だったら!早くあの人を連れて来てください。前崎さんをひとりぼっちにさせたくないんです」
ぐいっと腕を引っ張る私に、上司はふるふると首を横に振ってみせた。
「言ったでしょう?まだひと仕事残っていると」
「でも前崎さんは……っ!」
「ひと仕事終えたら、きっと前崎さんのお部屋に伺いますから」
「本当に?本当ですか?」
「ええ。もともとその予定でしたから」
「え……」
「つまり、そういうことです」
「そん、な……」
上司の説明に、愕然とする。
まだ少しは猶予があるものと思っていた期限が、今まさに打ち切られようとしているのだから。
「おや、それは岸里さんも承知のことだったのではありませんか?」
ふいに、上司の声色が滲んだ。
その声に反応して上司を見つめると、私を見上げる眼差しに、幾ばくかの心配色が混ざっていた。
私は余計な気を遣わせてはいけないと、我に返ったものの、それでも愕然を解くことはできなかった。