今宵、ロマンチスト達ここに集いて
「……その通りです。前崎さんの担当になった時から、前崎さんが余命宣告を受けていることは把握していました。でも…」
ある程度の心構えはあったとしても、実際に “死” を迎え入れるにあたって、その心構えはほんのささやかな装備にしか過ぎない。
看護師だって人間なのだ。
患者さんの死に直面するとき、狼狽えることがあっても、それは間違いではないはずだ。
しかも私にとって前崎さんは、ただの患者さんというわけでもないのだから。
そんな私の心情を手に取るように察してしまったのか、上司は優しい動作で、私が掴んでいる自分の腕を解放に導きながら言った。
「後で必ず前崎さんのお部屋に伺います。ですからそれまでの間は、前崎さんがひとりぼっちにならないように、あなたが一緒にいて差し上げてください。頼みましたよ?」
上司のセリフは丁寧だったけれど、その中には、前崎さんをひとりにはさせたくないという強い思いが込められているようにも聞こえた。
上司も、私と同じ気持ちでいるのだ。
「……わかりました」
けれど、了承し、すぐにでも前崎さんのもとへ向かおうとした私を、上司はやわらかに呼び止める。
「ああ、岸里さん」
「――はい?」
まだ何かあるのかと振り向いた私に、上司は上司らしい態度で質問してきたのだった。
「こちらに配属されたことで、何か得るものはありましたか?」
やわらかなれど、優しいだけではないのだ。
この人は、いつもそうだ。
優しくも厳しい、そんな人なのだから。
「――――はい」
頷いた私の視界に、窓の向こうの大きな丸い月が皓皓と、けれど粛粛と映っていた。