今宵、ロマンチスト達ここに集いて




「あら、こんな時間にどなたかしら……はい、どうぞ?」


消灯までのこの時間、夜勤の看護師が巡回はしているが、もしそうならこんなノックではないはずだ。
前崎さんもそれを感じ取ったのだろう、やや訝しみをのぞかせながらノックに応じた。

私は訪問者に心当たりがあったものの、予想よりは遥かに早いタイミングなので、あまり自信はなかった。

車椅子に乗っている前崎さんよりも私が応対した方がいいだろう。
そう思い扉に足が向きかけたところで、するすると扉がスライドしていった。
そして、私と前崎さん二人の注目が一心に向かった先に現れたのは、


「所長!」

私の心当たり通りの人物だったのだ。


「こんばんは。夜分に失礼いたします」


穏やかに挨拶したかと思えば、ひどく丁寧にお辞儀をした。
”所長” という役職柄、この人がこんな風に頭を下げる場面を見たことがなかった私は驚いてしまう。


「前崎 千代さん、でいらっしゃいますね」


姿勢を戻した上司がそう話しかけると、私はハッと我に返った。
そうだ、前崎さんにきちんと紹介しなければ。
きっと前崎さんの中では大混乱が起こってるはずだから。


私は慌てて前崎さんを確認したが、前崎さんは車椅子から今にも立ち上がらんとしていたのである。
扉口にいる私の上司に熱心な視線を打ちつけたままで。


「前崎さん、無理なさらないで…」

急いで前崎さんの痩せた体を支えた私の声さえ、今の前崎さんには届かないようだった。
目を大きく見開いて、じっと、上司から1ミリたりとも逸らさずに、驚愕の表情で、両腕にぐっと力をこめて、両足を踏ん張って、ゆっくりと、立ち上がる。




「アヤセさん………?」








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