今宵、ロマンチスト達ここに集いて




「ほら、千代、そろそろ泣き止んで。でないと、せっかく一緒にいられるのに、話もできない」


しばらくして、それまで前崎さんの背中を宥めるように撫でていた彬文さんが、優しく、そして甘く、腕の中の前崎さんに話しかけた。

私は、前崎さんの気持ちが鎮まって自然に涙が止まるまで待つつもりだったし、おそらくそれは上司も同じだっただろう。
だが彬文さんが、前崎さんと一分一秒でも長く一緒にいたい、話をしたいと願う気持ちもよく分かる。
時間は有限なのだから。
それに彬文さんだって、いつまでこの時間世界に滞在できるのかも定かではないのだから。

すると、それらの気がかりをすべて一掃するかのように、上司が二人に告げたのだった。


「急がなくて大丈夫ですよ。まだまだ夜は長いですから」


上司が何を知っているのか、何を根拠にそんなことを言うのか、私には理解できないことだらけで。
それでも、この上司が前崎さんご夫婦のことを大切に思っているのは常々感じていた。
それは自分がずっとかかわってきた研究対象だったからかもしれないし、人間的な情が芽生えていたせいかもしれない。
けれどそんなこと、どっちでもいい。
とにかく、その上司がお二人にとってマイナスになることを口にするなんてないのだから、こんな風に断言するからには、本当に、お二人に残された時間にはまだ余裕があるのだろう。
そう思った私は、ものすごく、安堵していた。


けれど夫の説得に素直に応じた前崎さんは、「そうよね……」と鼻をすすり、健気にも自分の涙をコントロールしようとしていた。










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