今宵、ロマンチスト達ここに集いて
上司を呼び捨てにした彬文さんに、私はなぜだかゾワリとして、気力が瞬時に引き締められた。
名指しで指示を受けた上司は、呼び捨てを訝ることなく、「はい」と即答し、上着の胸ポケットから何かを抜き出した。
そして静かな足取りで、前崎さんご夫婦のもとに歩みを進めていった。
――――所長が?そんな、まさか……
さっき前崎さんが身にまとっていた驚愕が、今度は私まで覆ってしまう。
すっぽりと、全身を。
ドッドッドッドッと低音で鈍痛のような刺激を与えてくる心臓、
ピキーンと小枝が折れるような高い音の耳鳴り、
そして、地球の自転を逆回りしはじめたかのような眩暈に、私は起立していることにさえ必死になっていた。
やがて、上司がお二人のもとに辿り着く頃には、その手に持っているものの正体を認識した前崎さんは、両目と口を大きく開き、ただただ絶句したのだった。
それは、前崎さんにとって、この上なく驚くべきものだったのだろう。
そして、ただ意外だっただけではなく、”アヤセさん” が持っているということに、何らかの意味があるに違いない。
けれどそれが何なのかは、私には見えなかった。
すぐにでも知りたい。
かと言って、絶句を続ける前崎さんに何かと問いかけるのは憚られて。
だから私は、持ち主の上司に尋ねたのだ。
「………所長、それは何なんですか?」
私の声は、震えてはいなかっただろうか?
上司は黙って私の方を見て、けれど教えてくれたのは、絶句を解いた前崎さんだった。