今宵、ロマンチスト達ここに集いて
私は前崎さんの手を取り、ゆっくりとベッドまで寄り添った。
心なしか、その歩幅はさっきよりも小さくなっているような気がした。
でもあの時は患者さんと看護師だったけれど、今は、祖母と孫という関係なのだ。
私は、最初で最後のお祖母ちゃん孝行をしっかりと味わっていた。
そして前崎さんがベッドに腰かけ、カーディガンを脱ぎ、枕に頭を預けてから、私が上から布団をそっとかける。
すると、私の横から父が前崎さんに呼びかけた。
「ひとつだけ……よろしいですか?」
「なにかしら?」
掛布団をわずかに捲り、前崎さんが父を見上げた。
その、ひょこっとした様子が、とても可愛らしい。
けれどそんな前崎さんとは対照的に、父は真剣な眼差しだった。
「………こんなことになってしまい、本当に、申し訳ありません」
その言葉とともに、頭を下げた父。
だが多くは語らず、私には何に対しての謝罪なのかが掴めなかった。
それでも謝罪の宛先である前崎さんにはすぐに理解ができたようで、「あら、いいのよ」と軽く受け止めた。
「だってあなたは、わたし達の息子の命の恩人なんだから」
すると、それを聞いた父は、「はい」とだけ頷き、頭を戻した。
再び見えた横顔は、真剣な中にも悔しさを織り交ぜたように、痛々しく歪んでいた。
「俺も、ひとつだけいいかな?」
次に声をかけてきたのは彬文さんだ。
皆の会話が終わるのを待っていたかのような入り方だった。
「彬くん……」
「千代、たくさん話して疲れただろう?ゆくっり休んでいいよ。俺は千代が眠るまでずっと千代のそばにいるから」
「そうね、そうするわ……」
「千代、」
「ん?」
優しく前崎さんを呼び止めた彬文さんは、ごく自然に、おやすみのキスをした。
「……子供と孫の見てる前でキスだなんて、ちょっと恥ずかしいけど、まさかこんな日が来るなんてね………。わたしは、幸せ者ね。こんな風に大切な人に囲まれて……ふふ、みんなロマンチストさんね。ここにいるわたし以外の人は、みんなロマンチスト。あの夜と同じだけど、あの夜よりも、楽しいわ……。……ありがとう、みん…な、愛し………る………――――」
聞こえるか聞こえないかの音で ”愛してる” と言い残した祖母に、祖父は、もう一度、ゆっくりとキスを贈った。
「愛してるよ、千代。…………おやすみ」
そしてその後、祖母が目を覚ますことはなかった。