今宵、ロマンチスト達ここに集いて





『小学校低学年の頃、何てことない普通の日、俺は、家の近所である男の人と遭遇した。相手は俺のことを知ってる素振りで、俺も、その人の顔はなんとなく見覚えがあった気がした。しばらく色々話して、その人は俺にメモを渡して帰っていった。メモには電話番号と ”アヤセ” という文字が書かれていた。おそらく男の人の名前だと思った。家に帰った俺は、母さんに、”今日、俺のことを知ってるおじさん(・・・・)と会ったよ” と報告した。そうしたら母さんは、”ああ、すれ違ったかと思ったけど、会えたのね” と言った。どうも、亡くなった父の弟が訪ねてきてたらしい。その人は仕事で世界中を飛び回っていて、父の葬儀にも間に合わなかったほどだから、会えてよかった…そんな風に当時は母さんと話していた。叔父とは、そのあと何度か電話で話したことがあった。そのとき、日本にいる間はどこに住んでるのかと訊いた俺に、叔父は、今俺達が住んでる家…つまり千代の実家の辺りの住所を答えたんだ。それから、高校に入って、俺は千代と出会った。そこで、千代から ”手首にほくろのある男” の話を聞いた。千代に好意を持っていた俺は、千代の頼みならと、久々に叔父に連絡を取ってみた。でも、すぐには連絡がつかなかったんだ。しばらく…一週間くらいしてから、やっと折り返しの電話がかかってきた。きっと海外にでも行ってたんだろうと思った俺は、気にせず、叔父に千代から聞いた話を説明した。叔父はちょっと考えるように黙ってから、俺に、覚えてることを教えてくれた。それが、あの、”中学生っぽい少年” の話だ。覚えてる?』

ふいに問われてドクンと脈拍が跳ねたけれど、わたしは『もちろん…』と間を置かずに返した。
あのときの話なら、全部覚えてる。
彬くんの叔父さん…本当のところはどうなのか分からないけれど、とにかく、叔父さんと呼ばれていた男の人が、わたしが忍び込んだ小学校の近くを通りかかった際、裏門から入っていく男子中学生を見かけた。
確か、そんな感じだったはずだ。
彬くんが言ってるのはその男子中学生のことだろう。

『覚えてるけど……』

『その中学生が、俺だったんだ』

『――――は?』


わたしから放たれた声色がエッジの効いたものだったのは、しょうがないことだと思う。
だって、彬くんが、とてもあり得ない説明をしてきたのだから。


話せない事があるにせよ、嘘を吐いて誤魔化そうとするなんて、ショックだ。
わたしと彬くんは同い年なのだから、わたしがあの小学校の階段から落ちる事故を起こしたとき、彬くんも未就学だったはずなのに。
そんなわたしからの不信感を浴びてもなお、彬くんは『俺が、あのとき千代が遊んでた小学校に駆け付けた男だったんだ』と主張する。


『ただ、中学生ではなく、高校生だったけど』








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