マリアージュ・キス
私より五歳ほど上で、良くも悪くも彼は自分のことが大好きで、私なんかよりもはるかに仕事ができて要領がいい。そして、誰よりも自由だった。
私はある意味、会いたい時に会える都合のいい女だったような気もする。
私以外に何人かと浮気をしていたのも知っているし、顔がいいから女性たちが放っておくはずがないとは思っていた。
あるいは、もしかしたら私が浮気相手の一人だったかもしれない。

結婚という二文字を何度もチラつかせられ、私もほいほいとそこに乗っかってプロポーズを待ち続けたのだから相手を責めるには力不足だった。
頭の回転の速さでいえばあちらの方が数段上なのだから、当然といえば当然なのだが。

ーーーーーちなみに、元彼は私たちがまだ新人だった頃に一緒に立ち上げたプロジェクトの提携先の人なので、相楽も元彼の顔も名前も知ってはいる。


決定的な浮気現場を目撃したわけでも、別れようと切り出されたわけでも、相手の嫌なところを見つけて目についたわけでもない。
だけど、休みの日に着信が来て私の目から逃れるように電話に出る姿や、スマホを肌身離さず持ち歩いたりしているのを見て、長年ため込んでいた愛とプライドとフタをしていたはずの冷めた心の均衡が破れて、ふらっと「もういいや」となったあの感覚は、たぶん私にしか分からないであろう。


「“ぜんぶ察して”…か。そりゃあ逢坂には荷が重いな」

相楽はそう言って、カウンター越しに店員さんに三杯目のビールを頼んだ。


「………これからどうすんの、逢坂と」

冷えたビールが彼の元へ届いたところで本題に戻された。

まさに私の思考もそちらへいっていた。
ああ、頭が痛い。

「私…そんな勘違いさせるような行動とってたのかな」

「さあね、そこの受け取り方は人それぞれだから」

「六十万は弁償した方がいいよね」

「そんなあるの、金」

独身まもなく三十路をなめんなよ、と言い返したら相楽は笑っていた。


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