託宣が下りました。
町外れにある騎士の実家『羽根のない鳥亭』は、騎士の父が始めた魔術具店である。
騎士の父アレクサンドル・フォーライクは、魔術師の間では伝説とも言われる天才だった。騎士の家に生まれながら一人魔術の才能を伸ばし、若くして宮廷魔術師の資格を得た。古今東西のあらゆる魔術に通暁していたとも言われる。だが残念ながら、彼は変人だった――とにかく何かにつけて実験と観察を好む類の。
魔術師はたしかに実験が好きだ。だが彼は群を抜いていた。彼の極端な猫背は、ある日アリの観察を始めたことでできたと言われる。彼は魔力にアリがどう反応するかの観察を三ヶ月の間毎日朝から晩まで続けたのだ。
そしてその観察の結果はいまだ何の役にも立っていない。彼の自己満足である。
アレクサンドルという男は自己満足のためにどこまでも努力できる男だった。
彼の五人の子どもたちのうち、魔術師の素養があるのは一人きりだ。だが気質の点で言えば――
(……全員に受け継がれたってことなのかな……)
カイはため息まじりに『羽根のない鳥亭』を開けた。
「ソ、ソラちゃん、いる……?」
びくびくしながら中に声をかける。
店の中は暗かった。アレクサンドルや長女、次女、三女は式典に出かけているため、今日は閉店しているのだ。
なぜ末娘だけ留守番かと言えば、末娘は幼いということと……
「侵入者発見! 全軍突撃!」
「ひいいいいいっ!!!」
前方からネズミの大群が押し寄せてくるのを見て、カイは即座に逃げ出した。店から飛び出し、立て付けの悪い扉の陰に身を隠す。
しかし、
「いけえっ、敵を排除するのだ!」
号令とともにネズミはカイの隠れる扉に群がってくる。キーキーと耳障りな音を立て、扉をかじり、カイの足をよじのぼる――。
「ひいいいいい」
カイは縮こまって震えるばかりだった。彼は人間ばかりではなく動くもの全般が苦手だった。生物はなぜ動く? それを考え出すと恐ろしくなり、何もかもを投げ出したくなる。
震えるカイの耳に、おごそかな声が聞こえてきた。
「カイよ。我が試練を越えられぬものに未来はない。今ここで死ぬか生きるか、選べ!」
「い、いや、ソラちゃん、お願いだから助けて!」
店の中から、一人の小さな女の子が飛び出してきてにやりと笑う。
ヴァイス妹の一人、ソラ・フォーライク。カイにとって一番苦手なフォーライク家の末娘――。
騎士の父アレクサンドル・フォーライクは、魔術師の間では伝説とも言われる天才だった。騎士の家に生まれながら一人魔術の才能を伸ばし、若くして宮廷魔術師の資格を得た。古今東西のあらゆる魔術に通暁していたとも言われる。だが残念ながら、彼は変人だった――とにかく何かにつけて実験と観察を好む類の。
魔術師はたしかに実験が好きだ。だが彼は群を抜いていた。彼の極端な猫背は、ある日アリの観察を始めたことでできたと言われる。彼は魔力にアリがどう反応するかの観察を三ヶ月の間毎日朝から晩まで続けたのだ。
そしてその観察の結果はいまだ何の役にも立っていない。彼の自己満足である。
アレクサンドルという男は自己満足のためにどこまでも努力できる男だった。
彼の五人の子どもたちのうち、魔術師の素養があるのは一人きりだ。だが気質の点で言えば――
(……全員に受け継がれたってことなのかな……)
カイはため息まじりに『羽根のない鳥亭』を開けた。
「ソ、ソラちゃん、いる……?」
びくびくしながら中に声をかける。
店の中は暗かった。アレクサンドルや長女、次女、三女は式典に出かけているため、今日は閉店しているのだ。
なぜ末娘だけ留守番かと言えば、末娘は幼いということと……
「侵入者発見! 全軍突撃!」
「ひいいいいいっ!!!」
前方からネズミの大群が押し寄せてくるのを見て、カイは即座に逃げ出した。店から飛び出し、立て付けの悪い扉の陰に身を隠す。
しかし、
「いけえっ、敵を排除するのだ!」
号令とともにネズミはカイの隠れる扉に群がってくる。キーキーと耳障りな音を立て、扉をかじり、カイの足をよじのぼる――。
「ひいいいいい」
カイは縮こまって震えるばかりだった。彼は人間ばかりではなく動くもの全般が苦手だった。生物はなぜ動く? それを考え出すと恐ろしくなり、何もかもを投げ出したくなる。
震えるカイの耳に、おごそかな声が聞こえてきた。
「カイよ。我が試練を越えられぬものに未来はない。今ここで死ぬか生きるか、選べ!」
「い、いや、ソラちゃん、お願いだから助けて!」
店の中から、一人の小さな女の子が飛び出してきてにやりと笑う。
ヴァイス妹の一人、ソラ・フォーライク。カイにとって一番苦手なフォーライク家の末娘――。