託宣が下りました。
 わたくしの振りかぶったモップは騎士ヴァイスの顔に直撃しかけたところで受け止められました。

 やれやれと大げさにため息をつきながら、騎士は私のモップの柄をつかみひょいひょいと動かします。そうするとわたくしのひ弱な力では敵わず、簡単にモップを奪われてしまいます。

 その、力ずくで手からモップが離れていく感覚。わたくしは胸の底にひやりと冷たい手が触れるような思いをしながら、騎士をにらみつけます。しかしこの鈍感な騎士には効きません。

「巫女よ。いい加減あきらめたほうがよいのではないか」
「いやです」
「星の巫女たる者、星の託宣は絶対だろう?」
「それでもいやです」

 何とかモップを奪い返そうとしながら――騎士はそれをひょいひょいと避けます――わたくしは剣呑な声を出します。
 騎士はいつも凜々しくつり上がった眉尻を下げました。

「俺はこんなにも愛してるのにか?」

 出ました、この口の軽い男。顔を合わせると好きだ愛してると、まあうるさいこと。

 でも信用できません。だって当然ではないですか、あの星の託宣が下るその日まで、わたくしはこの人と会話をしたことさえなかったのですから!

 それが突然愛してるだなどと――この男の神経はどうなっているのでしょう?

「俺と結婚すると得だぞ。なんせ俺はこの国じゃ重要人物だからな。毎日国のお偉いさんが挨拶に来る」

 それは知っています。この男は元「勇者の仲間」なのです。それも、勇者の片腕と呼ばれた人です。

 だからわたくしも、元々名前とお顔ぐらいは知っていたのです。けれどいわゆる『英雄』なんて、わたくしにとっては遠い人です。

 修道女は託宣というお役目があるため、もっと上級の巫女であれば勇者様にお告げを授けたりもしますけれど、下っ端巫女のわたくしには関係のないことですから。

「ひょっとして『勇者本人じゃないとイヤ』と思ってるのか? 待て待て、勇者に聞いてみろ。俺のほうが絶対かっこいいから!」

 ……自意識過剰なんじゃないでしょうか、この人。

 もっとも勇者様はたしかに、この人を褒める気がします。
 なぜなら勇者様はとてもできたお人で、優しく穏やか、人の悪口など言わないと評判です。彼がこの世でたったひとつ、憎悪したのはかつての魔王ただ一人とか。
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