託宣が下りました。
 騎士がわたくしに歩み寄ってくる間も、わたくしは金縛りにあったように動けずにいました。
 騎士の手が伸び、わたくしの頭を撫でるように触れます。そして体を抱き寄せ、額にそっと唇を触れました。

「……少し疲れているな。最近色々ありすぎたんだろう。休んだほうがいい」
「騎士――」
「名前で呼んでくれないか。この間のように。アルテナ」
「……ヴァイス様」

 まるで声が、勝手にこぼれるようです。
 この感覚は……託宣を下すときのよう。自分の声ではないように思える、この。
 見えない大いなる手に操られているような、それでいて、その何かに任せることがとても心地よいような……

(でも、今名を呼んだのはたしかに自分)

 この体は、いったいどうしてしまったのでしょう?

 やがて顔が近づき、唇同士が触れかかったとき、わたくしははっと騎士を押し放しました。

「よ、よしてください。ここは修道院の敷地内なんですから」

 ――敷地内だから? では外では良かったというの?
 ああ違う、もう自分が何だか分からない――。

「だがもうここを離れるのだろう?」

 騎士はすかさず言い返してきました。そして、

「ん……? ここを離れる。もう修道女じゃない。これはむしろ俺との結婚に好都合じゃないか」

 ぶつぶつ言ったかと思うと、顔をパアッと輝かせました。

「よしアルテナ、修道院を出る勢いで俺と結婚しよう! きっとこれも天の配剤だ!」

 この人は――
 わたくしは一気に我を取り戻しました。そして、力いっぱい騎士を怒鳴りつけました。

「人の話を聞いていましたかっ!? わたくしは、そ・ん・な・つ・も・り・は・あ・り・ま・せ・んっ!!!」

 けれどわたくしもうすうすわかっていたのです。この数日で、騎士に対する思いに変化が表れていることを。

 それは、たぶん恋ではありません。でも……騎士をにらみつけずにいられない理由が変わってきている。そう、変わってきているんです――。
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