かりそめ蜜夜 極上御曹司はウブな彼女に甘い情欲を昂らせる
 
 階段室に向かい、薄暗くなった階段を力なく下りる。出るのはため息ばかり。彼女たちに言いがかりをつけられたことより、瑞希さんに婚約者がいたことのほうがショックで足取りが重くなる。

「婚約者なんていないって言ってたのに……」
 
 あのときは『見合いの話が持ち上がって、それにいつの間にか尾びれがついて婚約者がいると噂になったみたいだ』なんて言っていたけれど。
 
 もうなにが本当でなにが嘘なのか。瑞希さんのことを信じていいのかどうなのか。自分の瑞希さんに対する気持ちまでわからなくなってしまった。
 
 人事部のフロアに戻ると、さすがに杏奈の姿はなかった。でもデスクに可愛い付箋が貼ってあって【ごめん。約束があって先に帰るけど、困ったことがあったらいつでも連絡してきて構わないからね。杏奈】と、彼女の温かい気持ちに少しだけ心が和んだ。
 
 今すぐにでも話を聞いてもらいたい。そう思っても、スマホを握り画面を見つめて数十秒。結局杏奈には連絡しないまま、それをバックにしまった。
 
 約束があってということは、きっと彼氏と会っているのだろう。せっかくの逢瀬に水は差したくない。


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