田舎猫と都会猫、のはなし。

もうどれくらい経っただろう。

僕は座っていた。
というより膝を抱えて
座ることしかできなかった。

雨も降っている。

喉が乾いた…。
お腹空いた…。
もう動けない…。
怖い…。
しばらくここで休ませて…。

「大丈夫?小猫ちゃん。」

見上げると、そこにいたのは
憧れの都会猫。

そんな簡単に見つかるわけがない。
これは夢だ。
疲れて夢を見たんだ。

いや、偶然じゃない。
だってそこは
都会猫の働く店の前だから。

間違っては、いなかった。
しかもいた。ほんもの。
SNSの写真に写る店と都会猫。
自分は知っていて、ここに来たんだ。
ここに来たくて、来たんだ。

「あの、」
「なんだい?」
「じ、ジブン、ここで働きたくて、来ました。」
「小猫ちゃんが?」

とっさに言ってしまった。
働くには年齢が足りてない、
ていうのも分かってるし。

彼は少し困った顔をして、
「しょうがないな。」

と、機器を取り出し
なにか通話を、はじめた。
「………。わかりました。」

通話を切ると、こちらを向き
「まぁ、ここじゃなんだから、
中に入りなよ。」

彼は優しい笑顔と
慣れた手つきで僕の肩を抱き
店のドアを開けた。

これは禁断の扉…。

クラシカルなドアを開けると
赤い通路が現れた。
通り抜けると
中はお城の貴賓室のように
ドレープカーテンがあり
シャンデリアや装飾まで
豪華で煌びやかだった。

(夢の続きを見ているんだ、たぶん)

「ここのオーナーであるマダムがいるから、ちゃんと挨拶するんだよ。」

私は恥ずかしさもあって、
無言でうなずいた。

「マダム、連れて参りました。」

奥のカーテンの先にシルエットが見える。

「じゃ、また後でね。」
そう耳打ちした後、手に軽くキスをして彼は行ってしまった。

まだ夢のようでふわふわしている。

こんなみすぼらしい格好の
田舎猫には眩しすぎる
憧れの都会猫に手をひかれ
濡れて汚れているはずの
僕の手の甲に
キスまでされるなんて!

社交辞令だとしても。
ジブンの手の甲を唇に重ねる。

(「また後でね。」って
彼が言ってくれた。また会えるんだ。
夢なら覚めないで欲しい。

キラキラと光る照明に
心浮かされてる気もするけど。)


カーテンの奥から
ひとりのドレス姿の女が現れた。

「よくきてくれたわね。
私はここのマダム。あなたは…?」

「ジブンは、ナオ。」

「そう、ナオちゃんね。年はいくつ?」
「…。」

(答えられるはずがない。)

「うふふ、可愛いわね。」

(絶対、見透かされてる…)

ぐー

お腹がなった。恥ずかしい…。
「うふふ、お腹空いているみたいね、先にお食事しましょうか。遠慮しなくていいのよ、ちょうど余っているから。」
「…すみません。」
「いいのよ、困っているみたいだし。
その分、働いて返してもらうから。
猫の手も借りたいくらいだし、
雑用で良ければ、使ってあげる。

とりあえず、その服はダメね。
お食事終わったら着替えましょうか。」

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