訳あり令嬢は次期公爵様からの溺愛とプロポーズから逃げ出したい
「どちらが上だなんてそういうことじゃないの。強いて言うなら、三人で仲良くできればいいって思っているわ」
「本当はきみを独り占めしたいけれど、フューの頼みなら頑張るよ」

 二人で話をしていると、いつの間にか紳士らが近づいてきていた。そのうちの一人が「レーヴェン卿ではないですか」と声を掛けてきた。

 それからなし崩し的に挨拶が始まった。
 ギルフォードは顔によそ行きの笑みを張りつけ、卒なく挨拶を返していく。レーヴェン家はロルテームの由緒正しい公爵家だ。歴史ある家で、現在の公爵は財務大臣を拝命している。ギルフォード自身も貴族議会に席を持ち、政治家としてロルテームのために尽くしている。

「ところでそちらのご令嬢は?」

 紳士の一人がフューレアに視線を向けた。
 ようやく聞きたいこと口にした紳士と、その周りに集っていた少なくない人々の注目がフューレアに集まる。

「こちらはフューレア・ナフテハール嬢ですよ。ナフテハール男爵家の末娘で、私の大事な人です」

 ギルフォードが流麗な声でフューレアを紹介すると、周囲からさざめきが沸き起こった。

「ナフテハール男爵家のところは……ああ、たしか養女がおられましたな」
「そういえば……そのような話を聞いたことが」
「……男爵はしばらく間旅行に出かけていたとかなんとか」

 紳士らは互いに目配せをしたり、ナフテハール男爵家の家族図を頭に浮かべ始める。

「では、私たちはこれで。今日の私は可愛いフューレアの従者役なのですよ」

 ギルフォードは蕩けるような甘い笑みをフューレアにだけ見せたあと、冷然とした顔に戻りその場を立ち去る。

 同じようなやり取りが数回起きたところで、フューレアは何かがおかしいと感じ始めた。

 レーヴェン公爵家の嫡男はやはりというか当然というか、この会場では大注目だった。その彼が女性を同伴していて、「大事な人」と連呼する。この話は瞬く間に会場内に広がった。わざわざギルフォードを探して彼の前に現れる人物も出始めた。

 その中には両親に伴われている令嬢も含まれていた。誰かに何かを聞かれるたびにギルフォードは「フューレアは私の大事な人」と繰り返した。時には「ずっと昔から心惹かれていた私の大切な宝物」とか「今日は無理を言って彼女のエスコート役にしてもらった」とか言った。

 鈍いフューレアでもさすがに分かった。彼はフューレアを大事な恋人として会う人たちに紹介をしている。問題は、どうしてギルフォードがそんなことをするのかということだ。

 今すぐに問いただしたいが、周りを多くの人に囲まれているためそれも叶わない。
 レーヴェン公爵家の嫡男であるギルフォードは御年二十五歳。由緒正しい家の次の当主でもある彼を自身の娘の結婚相手にと望む親たちは当然のことならが多い。今まで決まった相手のいなかったギルフォードが突然に一人の女性を伴って社交の場に現れた。

 もはやレースどころではなかった。とくに、妙齢の娘を持つ親とギルフォードに対して恋心をもつ娘たちにとってはこちらのほうが一大事だった。

「レーヴェン卿、もしかして貴殿とナフテハール嬢はすでに……」

 二人を取り囲むうちの一人が恐る恐るといった体で問いかけた。
 ギルフォードは話しかけた男性に向けて、ふっと微笑んだ。

「ええ。本当は今日求婚をするつもりだったのですよ。二人きりの時にしようかと思っていたんだけど……」

 と、そこでギルフォードは一度言葉を区切った。
 フューレアは今すぐに回れ右をして逃亡したい衝動に駆られた。
 この先の言葉を聞いては駄目。
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