訳あり令嬢は次期公爵様からの溺愛とプロポーズから逃げ出したい
 昨日の帰りの最中、馬車の中で再度言われた。ずっと、きみだけを見つめてきて愛しているのだと。一人の女性としてフューレアを見てきた。望んでいるのだと。

 婉曲表現では伝わらないからはっきり言うよ、と告げられた愛の言葉の数々。そして、大きな虫とは要するにフューレアに懸想をするかもしれないどこぞの馬の骨だと明かされた。

「わたし、結婚はしないわ。モルテゲルニー家の血を残すことが怖い。公爵家の妻になったら、きっと外国人ともそれなりに顔を合わせると思う。とくにギルフォードは政治に携わっているわけだし」
「フューレア」

 夫人が柳眉を下げた。
 フューレアが結婚をしないというたびに男爵夫人は何かを言いたそうな顔をする。
 好きにしなさいと言うけれど、夫人が内心フューレアに結婚をしてほしいことにはなんとなく気が付いている。

「結論を出すのは早計だよ。きみの出自を知る者は限られているし、幼いきみの顔を見たことのある人間は連邦内でも限られている」

 男爵が柔らかな声を出す。
 実際、フューレアの出自はナフテハール男爵家でも、養父母である彼らしか知らない。

「それにあなたの経歴はモルテゲルニー家とはまったくの無関係よ。確かにリューベルン連邦とロルテームは国交はあるけれど、あなたとモルテゲルニー家を結び付けるような邪推をするような人はいないと思うわ」

 夫人も言葉を重ねるけれど、それでもフューレアの心は晴れない。
 フィウアレアは今も消息不明のままだ。この先、自分はどう生きていけばいいのだろう。旅行記を出版したいという目先の目標がとん挫している今、フューレアは長い人生についてときおり考えてみる。フューレア・ナフテハールという別人になったけれど、フューレアの体にはモルテゲルニー家の血が流れている。この血を残すことが怖いと思う。ゲルニー公国が併合されると知った一部の人間はフューレアを手に入れようと画策をした。

 公国の君主には様々な特権がついてくる。
 それはリューベルン連邦の選定皇帝へと足掛かりにもなる。公国の終わりを当時の公太子が決め、継承権の上位にいた父もその決定に従った。連邦の主導権を巡って彼の地では争いが絶えない。少しでも民衆が平和に暮らせるようという公太子の決断は偉大だとフューレアは考えている。

 しかし、その周囲が同じとは限らない。利権が絡む場合は特にそれが顕著だった。ゲルニー公国はその歴史に幕を閉じることが決まったが、横やりを入れる人間という存在はいつの時代にも存在をする。フューレアもまた時代の渦に飲み込まれるところにいた。大公家の血を引く姫でもあるフューレアが子供を生めば、それが男の子ならゲルニー公国の継承権を主張できる。そう思った幾つかの勢力がフューレアを妻にと望んだ。

 だからフューレアは結婚に対して消極的だ。
 もしも、生まれた子供にまでこの問題が波及してしまったら。

「わたし、やっぱり修道院に入った方がいいのかしら」
「まあ、そんなことを言わないでちょうだい。信仰心からの言葉なら賛成しますけれど、違うのでしょう」
「あなた一人で抱え込むことではないよ」
「でも……」
「まだ混乱しているんだろう。そうだ、読書をしたらどうだろう。読みたいと言っていた探偵小説を全巻揃えたんだよ」
「ありがとう。お父様、お母様」

 フューレアは力なく微笑んで立ち上がった。

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