訳あり令嬢は次期公爵様からの溺愛とプロポーズから逃げ出したい
「あなたは結婚をしないと駄目よ。公爵家の未来がかかっているのよ」
「なら、フューが私の妻になって」
「ギルフォード!」

 話がぐるぐると回っている。堪らなくなってフューレアは叫んだ。
 社交デビューにいまいち気乗りしなくて、十七歳の時に旅行に出かけたのに。

 ちょうどナフテハール男爵が本格的に長男に事業を引き継いだタイミングで、大人への入口に立って、少し心を塞いでいたフューレアを見かねた男爵が提案をしてきた。しばらくこの国を離れて、色々な国を観て回ろうか、と。

 それはとても魅力的なものでフューレアは一も二もなく賛成した。
 旅行の最中はよかった。目にするもの全部が新鮮で、楽しいこともあったけれど嫌なこともそれなりにあった。けれども、全部が旅の思い出だった。両親はきっと、フューレアにこういう経験をしてほしいと思ったのだと考えもした。

「……あなたが引かないというのなら、わたしはまたこの国を出る。たぶん、もうここには帰ってこない」
「フュー?」

 ギルフォードがついに立ち上がる。
 そのまま勢いよくフューレアを抱きしめ、その腕の中に閉じ込める。

「絶対に駄目だ。どこにもいかないと言っただろう? また私の元から逃げるの? そんなこと、私は絶対に認めない」

「や。ちょっと……離して」
「いいや。離さない」
「だって、わたし……どうしていいのかわからないのよ」
「私の妻になればいいんだ。全部守るから。きみを傷つける者は全員私の敵だ」

 耳元に切羽詰まった声が届いた。ぎゅっと抱きしめられた箇所から彼の想いが流れ込んでくるような気がした。
 フューレアは初めて見せられた、彼の気持ちに戸惑った。

「フューレア、国を出るだなんて、そんなこと言わないで」

 男爵夫人が口をはさんだ。
 いつの間にかフューレアの近くにやってきていた彼女の悲しい声が背中に届いた。

「とにかく、フューレアもギルフォード様も一度落ち着いてください」

 男爵の声は朝よりもさらに疲れ切っていた。
 フューレアは居たたまれなくなって、ギルフォードに拘束を解くよう願い出た。
 今度は彼も素直に従ってくれた。

 フューレアはギルフォードの隣に腰を落とした。片方の手をぎゅっと握られている。逃がさないという彼の強い意思が伝わってきて、しかもそれを両親に見られているかと思うと胸の鼓動が早まる。

「フューレア、本当のご両親は、あなたに生涯逃げ切れとおっしゃったわけではないのだよ。あなたの幸せを願って、我々に託された」

 静かだがはっきりと耳に届く重みのある声だった。

「あなた一人が血の重みを背負うことはない。そのために新しい戸籍を用意されたのだから。今のあなたはナフテハール男爵家の娘だ」
「でも」
「そうよ、きっとあなたの本当のお母様も、あなたの花嫁姿を楽しみにしているわ。わたしも、もちろんあなたには花嫁衣装を着て、好きな人の元へ嫁いでもらいたいと思っている」

「そういう言い方ってずるいわ」

 亡くなった母のことを持ちだされたら何も言い返せなくなる。
 フューレアは胸元に手を重ねた。そこには、フューレアの大切な宝物が閉まってある。

「フュー、私のことは男性として見れない? それとも他に誰かに心を寄せている?」

 フューレアは隣に座るギルフォードを意識する。

「正直……まだ分からない。あなたのこと、お友達としか見ていなかったから」
「好きな人はいる?」
「それは……いないけれど」
「ならまずは私を男として見てほしい」
「……っ」

 率直な言葉にフューレアの顔が熱くなった。

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