訳あり令嬢は次期公爵様からの溺愛とプロポーズから逃げ出したい
「ギルフォード様も酷い男ねえ。普通求婚は二人きりの時にするものでしょうに。見世物じゃないのよ。まったく」

 彼女は相手がギルフォードだろうが容赦がなかった。

「おかげであなたにお鉢が回ってきたじゃない」

 大丈夫だった? と改めて問われたフューレアは「すぐにお姉様が助けに入ってくれたから」と答えた。まさに絶妙なタイミングで助かった。

「そう? あなたの日ごろの行いがいいのね、きっと」

 フランカがクリームがたっぷりと乗ったコーヒーに口をつける。フューレアはカップの上にたっぷりと盛られたクリームを細長いスプーンを使って混ぜていく。なんとなく、手を動かしたかった。

「おめでとう、フューレア。あなたギルフォード様と仲良かったじゃない。収まるところに収まったって感じかしら」

 にこりと口角を持ち上げるフランカからは祝福以外の感情は見受けられない。
 一方のフューレアはなんて答えていいのか分からなくて口を引き結んだまま。手だけは動かしていてクリームがコーヒーに溶け始める。

「求婚されて浮かれ切っている乙女っていう顔でもないわね。嬉しくなかったの?」

 フランカが意外そうに首をかしげた。

「びっくりして……。わたし、ギルフォードがわたしをそういう風に想っているなんて、まったく気が付かなかったの」
「あなた、ギルフォード様に心を許しているようだったからてっきり彼のことが好きなのだと思っていたわ。それなのによく二年間もロームを留守にしたなぁって」

「わたしは……正直に言うと……結婚をするつもりなかったの」
 フューレアは力なくつぶやいた。

「んー……。実は、女性運動に傾倒しているとか? 結婚よりも進学をしたいー、とか?」
「それは……違うけど……」

 フューレアはフランカの質問を否定した。女性運動とは女性の権利向上を訴えた活動家らによる運動だ。女性にも大学進学を認めろというのが主な主張内容で、女性ももっと社会に進出すべきだという論調を繰り広げている。運動は近隣諸国一帯で繰り広げられていて、フューレアも聞き及んでいた。

 フューレアは自分の感情をどう伝えていいか迷う。結婚をするつもりがないという理由を語るには、己の出自を明かさなければならない。独身主義者だと言うと余計に詮索をされるのだ。旅行中に何度かやりあって辟易してしまった。

「わたしの本当のお兄様は、わたしが小さなころに亡くなってしまったの。まだわたしが三歳くらいの時。だから、あんまり覚えていないのだけれど……、お兄様がいたらこんな感じなのかなって。ギルフォードのことを重ねていたこともあったわ」

 結局フューレアの口から出たのは、ギルフォードについてのことだった。フューレアには兄姉がいた。両親の初めての子供は、母の腹から流れてしまった。兄は母が二回目に身籠った子供で、無事に生まれついたが体が弱かった。必死の世話の甲斐なく六歳の年に天へ召された。

 フューレアはその時まだ年端もいかない子供で、兄のことはあまり覚えていない。もしも、フューレアの兄が生きていたら。きっとギルフォードのように優しかったのではないか。そういう空想をしたことが何度かあった。

「あなたが本当の家族のことを話すのは初めてのことね」
「……そうね」

 フューレアはコーヒーを一口だけ飲んだ。口の中に入ったのはクリームの方が多かった。

「わたしは……公爵家の嫁には相応しくないわ。だから……折を見て婚約を断ろうと思っている」
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