訳あり令嬢は次期公爵様からの溺愛とプロポーズから逃げ出したい
 次男をダガスランドに送り届けて、現地を視察しがてら旅をしようと思う。そんな風にナフテハール男爵が言い出したのはいつのことだったか。

 夫人が乗り気になり、フューレアにも意見を尋ねてきた。ちょうど十七歳の頃で、世間では社交デビューを果たす年。とはいえ、フューレアは訳ありの自分が上流階級の社交界に顔を出すことにためらいも覚えていて、消極的だった。

 旅の話は渡りに船だった。
 話はとんとん拍子に決まっていき、最終的には二年もの月日を外国で過ごした。
 ナフテハール男爵家は資産家で、その気になれば一生海外をのんびり周遊できるくらいの財産を持っている。

 期限なしの旅行ではあったが、夫人のそろそろ一度ロルテームに戻りましょうか、という一声で帰国が決まった。

「うまい具合に、あなた様は旅立たれた。こちらも彼のお方と連絡を取ったりして、相談をしました」

 彼のお方とは、要するにフューレアの本当の父親であるフィウレオのことだ。
 いったい、何を話し合ったというのか。

「最近になってリューベルン連邦の皇帝があなた様の行方を躍起になって探しておられる」
「どう……して」

 声がかすれた。
 フューレアは表舞台から姿を消したのに。

「偽物がたくさん出現するからでしょう。生死不明で行方が知れない。もしもフィウレオ・モルテゲルニーが亡くなったら、誰が本物か証明立てる人間がいなくなる。皇帝はおそらくそれを危惧しているのでしょう」

 フィウアレア・モルテゲルニーは十三歳のある日、家庭教師と公園を散策中に忽然と姿を消したことになっている。
 本当は、公園散策の際に協力者によって連れ出された。道中は馴染みの使用人が世話役としてついてくれていた。彼女はまだ年若い洗濯番で、フューレアが屋敷を出るひと月ほど前に理由をつけて屋敷から去っていた。

 その後は連邦内の修道院に身を寄せ、フィウアレアからフューレアへと名前を変えた。詳しい書類などは分からないが、今日から名前がフューレア・ナフテハールに変わると伝えられ、新しい父親という現在のナフテハール男爵らと一緒に連邦を脱出した。

 新しい身分証にはナフテハール男爵家の養女と書かれていた。リューベルン連邦の西側の国を二つ越えての陸路での旅路だった。

 そのようなフューレアの亡命劇も世間には一切伝わっていない。
 フィウアレアという名を棄てたのだ。
 失踪直後、さまざまな憶測が飛び交ったという。フューレアは己の世間での噂には興味は無かったのだが、レーヴェン公爵は情報を収集していた。

「モルテゲルニー元殿下、現公爵が亡くなられれば、その後自称フィウアレアを名乗る者が大勢出て権利を主張するのではないかと。そうなればゲルニー公国の継承権にまで話が巻き戻る可能性があります。皇帝はそれを厭い、本物のフィウアレア殿下の行方を追っておられます。実際、フィウレオ元殿下の元にも何度にもわたってそれとなく探りが入っているようです」

「わたしは……見つかれば殺されるの?」

「このまま身を顰めていれば、皇帝の気分次第ではそれも可能性としては否定できません」

 おそらくリューベルン連邦の現在の皇帝は、父であるフィウレオが娘を密かに国から脱出をさせたのだと疑っているのだ。そこに何か恣意があるのか無いのか。無くてもフューレアが生きていることによって生じる不都合さに目をつぶれないとなれば、皇帝はフューレアを躊躇いもなく殺すだろう。

「提案があります。判断はあなた様に委ねます」

 レーヴェン公爵がまっすぐにこちらを見つめた。
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