訳あり令嬢は次期公爵様からの溺愛とプロポーズから逃げ出したい
「本場のトマトは完熟するまで収穫しないので、これとは比べ物にならないくらい味が濃厚なんですよ。元は異国由来の野菜だったのですが、今やすっかりカルーニャ料理には欠かせないものになりましたね」

 アマッドは自国でも馴染みのあるトマトにご満悦だった。白ぶどう酒でほどよく饒舌になった彼はそのままカルーニャにおけるトマト料理のうんちくを披露していく。
 トマトを使った冷たいスープはフューレアもお気に入りの一品だ。冬の間逗留していた彼の国でよく食したことを覚えている。

「さすがにロルテームへ輸出するトマトはまだ熟れる前に収穫をしてしまいますからね。いつか、本当に本物のトマトを食べにカルーニャまで来てください」
 トマトに対する愛をとくと語ったアマッドはそんな風に締めくくる。

「ええ、もちろん。フューレアもトマトは好きなんだろう?」
「ええ。美味しくいただいたわ。冷たいスープがよく出たの」

 その味を思い出してフューレアはにこりと笑みを深めた。

「それから子豚の丸焼きも美味しかったわね。向こうではお祝い料理なのですって」

 最初はその見た目のそのままな料理にエルセと共に頬を引きつらせたが、あれも美味しかった。カルーニャの伝統料理ということで、今でもお祝いの席や友人たちが集まったときによく食べられているのだという。

「俺たちの結婚式でももちろん晩餐会で提供するので楽しみにしていて」

 アマッドがフューレアに語り掛けると、彼の隣ではエルセが顔を真っ赤に染めた。
 アマッドの猛攻と卒のなさはすさまじく、かなりのスピード感を持ってエルセの外堀を埋めてしまった。

 まず、エルセの父であるクライフ氏がアマッドのことを気に入った。クライフ氏は、やや行き遅れてしまった感のある娘のために伝手を使って縁談を探していた。いくつか見合い話をエルセに持ってきていたが、突然に現れた求婚者がカルーニャの大きな商会の跡取りというということもあって、もろ手を挙げて賛成した。

 格でいえば役員とはいえ商会に雇われの身であるクライフ家の方がセラージャ家よりやや劣るかもしれないが、アマッドはエルセの身支度のために金子を渡すことも約束した。

(肝心のエルセがまだ戸惑っているけれど……これも時間の問題なのかしら?)

 いままで恋に興味のなかったエルセはアマッドが繰り出す直球な愛の言葉に盛大に戸惑っている。戸惑いすぎて顔を赤くすることしかできないでいる。
 相手が父の勤める商会の取引先でもあるため辛辣な言葉を返せないというのもあるらしいが、それでも嫌悪を抱く相手ではないことはエルセの態度を見ていれば明らかで。

「エルセの花嫁衣装と共に楽しみにしているわね」
「……フューレア様まで」

 本心からの言葉を告げるとエルセが小さな声を出す。色々と素直になり切れていないのだろう。フューレアは己を棚に上げて微笑ましいとさらに温かな視線を彼女に投げかけた。

「フュー、私たちも新婚旅行を兼ねてのんびり滞在しようか」
 と、ギルフォードがのんびりとした口調で話しかけてきた。

「えっ!」
「カルーニャでは三月ごろに結婚式をあげるのが一般的ですから、避寒も兼ねてぜひ長逗留してください」
「だって。いまから楽しみだね、フュー」

 少し考えればわかり切ったことだが、この話題はすぐに己の身に返ってくるのだ。
 ギルフォードは抜かりなくて、すでにフューレアの元には花嫁衣装を受注した仕立て屋が採寸にやってきたし、最高級の布地見本もいくつか見せられた。

「え、ええ。そうね」
 色々なことに心が追い付かない。
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