訳あり令嬢は次期公爵様からの溺愛とプロポーズから逃げ出したい
(あのとき、公国に残っていたら。わたしはギルフォードとは出会っていなかったのよね)

 そう思うと不思議だった。あの時の両親の決断がなければフューレアの運命も大きく変わっていただろう。
 もしも、最後の公太子がゲルニー公国を継承していたら。きっとフューレアは今頃連邦内のどこかの王家の男性と結婚をしていたに違いない。モルテゲルニー家の血を引くどこぞの王家の人間と結婚をして、おそらくフューレアの産んだ子供が次の大公に就くことになっただろう。

 それともすでに死んでいただろうか。あの国では暗殺も他人事ではない。
 そうなるとギルフォードもフューレアではない誰かと出会って、恋に落ちていたかもしれない。

 彼の蕩けた視線をフューレア以外の女性に向けているもう一つの未来を想像しただけで絶対に嫌だと心が瞬時に拒絶をする。ギルフォードの過剰な愛情表現にいつも振り回されているのに、あれを他の誰かに言うのだと想像するだけで独占欲が湧いてしまう。

 どっちつかずな己が本当に腹立たしい。
 それくらい彼のことを想っているのなら、さっさと覚悟を決めればいいのに。まだこの期に及んで躊躇ってしまうのだ。

 もしもギルフォードの身に何かが起きてしまったら。
 フューレアは手元のメダイユに視線を落とした。

「あら、こんなところに誰かと思ったら。あなた、ナフテハール男爵令嬢ではございませんこと?」
「え?」

 考え事に没頭していたためすぐ近くに人がいることすら気が付かなかった。

 いつの間にかフューレアの座るベンチのすぐ近くに仕立ての良いドレスに身を包んだ令嬢たちがいた。合計三人。全員がフューレアと同じ年頃の娘である。

 フューレアは三人の少女の顔を眺めたが、心当たりがない。もっとも限られた人としか接してこなかったフューレアの顔はものすごく狭いのだが。全員色の濃さに程度はあるものの金色の髪を持っている。

「ナフテハール男爵令嬢ですわよね?」
「ええ、まあ」

 フューレアが控えめに肯定すると、少女たちは一斉に色めき立った。

「では、あなたが恥知らずにもギルフォード・レーヴェン様に結婚を迫った、貰われ子ってことでいいのかしら?」

 三人の真ん中に立つ、娘が高い声を出す。薄い紫色のドレスはレースがたっぷりとあしらわれていて、くるくると巻かれた金髪が帽子の下から垂れている。

「なっ……」

 あまりの言われようにフューレアは言葉を失う。そもそもフューレアは面と向かって悪口を言われることに慣れていない。ごく限られた人間としか接してこなかったため直接的な悪意に免疫がないのだ。

「まあ、図星で反論もできないのね」
 代表して縦ロールの少女がふふんと笑う。

「……名乗りもしない相手と話すことなんてないわ」

 悪意にはひるんでしまうが、フューレアとて誇り高く育てられた元公国の姫君だ。相手のペースに飲まれるのは癪でどうにか言い返す。

「ふん。男爵家の娘風情がえらそうに。でもいいわ。名乗ってあげる。あなた、引きこもりで碌にこの国の貴族の名前も知らないのでしょう?」
 そう前置きをした縦ロールの少女は胸を反らした。

「わたくしはヴィヴィアン・ローステッド。父は侯爵ですの。あなたとは違って由緒正しい侯爵家の血を受け継いだ正当なる娘よ」

 ヴィヴィアンが最初に名乗り、他の二人もそれぞれ伯爵家の娘と子爵家の娘だと名乗った。自己紹介の順番から三人の少女たちの力関係が見てとれた。

 名乗られてしまっては仕方がない。
 フューレアは立ち上がり小さくひざを折って略式で礼をする。

「フューレア・ナフテハール。父はナフテハール男爵よ」
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