訳あり令嬢は次期公爵様からの溺愛とプロポーズから逃げ出したい
「フューレア、泣いては駄目よ。なにも、今生の別れではないのだから。ナフテハール家はあなたの実家も同じよ。いつでも好きに遊びに帰ってらっしゃい」
「はい。お母様」
「お母様、フューを泣かせたら駄目でしょぉぉ」
フランカのほうがずびずびと鼻をすすった。
しかし泣くなと言われても高まった気持ちが静まりそうもなくて自分でも止まらない。どうしようと三人が式の前に化粧を崩していると、控えめに扉を叩く音が聞こえた。
「はい、いま取り込み中!」
フランカが叫んだ。
その言葉を無視した形で扉が開いた。
「フュー、入るよ」
(ギルフォード!)
本日の主役の片割れの声に、フューレアは慌てて涙を止めた。お化粧、大丈夫かなと途端に己の顔が気になり始める。
「フューレア。とてもきれいだ。いいや、きれいという言葉では言い表せない。私の可愛い妖精。いや、女神。……いや女神よりももっと上の至高の存在だ」
最愛の女性の花嫁姿にギルフォードが壊れた。
臆面なく褒めちぎる彼を前にフランカが若干引いているが、普段のフューレアならギルフォードに、それは言い過ぎとか突っ込みを入れるのだが、彼女も愛する婚約者の正装を前に時が止まったかのように微動だにしなかった。
「……」
(ギルフォードったら、とっても素敵)
涙は完全に止まってしまっていた。
光沢のある薄いグレイの正装がギルフォードに恐ろしく似合っている。淡い金色の髪を後ろへ撫でつけ、胸元のポケットにはフューレアとおそろいの白百合が飾られている。普段から素敵なのに、今日はいつも以上に格好良くてどこか色気がある。
声も出せずに目の前の愛する人に見惚れてしまう。
「フュー、どうしたの?」
「あなた、恰好良すぎるわ」
「ありがとう。フューもとても美しいよ。今日から私のものになるんだね」
「……ええ。あなたのお嫁さんになるのよ」
そっと近づいてきたギルフォードに、最後の一歩をフューレアの方から詰めた。
上を向くと、大好きな青い瞳と視線が絡まった。
二人は吸い寄せられるように、顔を近づける。
「はいはーい。駄目よ。それはあとに取っておきなさい」
もう少しで唇が触れるかというその時に、非情な声に邪魔をされてしまった。
横を向くと、あきれ顔のフランカ。
(あ。しまった……)
そういえば、母と姉がいたのだ。
途端にフューレアの顔がりんご並みに赤く染まった。
「あなたね。さっきまであれほど泣いていたのに、恋人が登場した途端そっちに目を奪われるだなんて。まったくもう」
フランカは言葉こそフューレアに強く当たるが、口調には呆れと優しさが混じっていた。
「お姉様、ごめんなさい」
「恋人に目を奪われるのは当然のことだからフューが謝る必要はないよ」
「新郎はさっさと退散してくださいな。いまからフューのお化粧を直さないと。ほら、フュー、こっち来て。最高にきれいにしてあげるから」
調子を取り戻したフランカにその場を仕切られ、ギルフォードは渋々出て行った。
式の開始時間が目前に迫っていた。
* * *
招待客が見守る中、フューレアはナフテハール男爵と一緒に身廊の通路をゆっくりと歩いていく。
オルガンの音と布ずれの音。ゆっくりとギルフォードの姿が近しくなっていく。
もうすぐ、彼の妻になる。
心は静かだった。
式を迎えてしまえば事前の緊張など嘘のように、体は勝手に動いた。
あと数歩でギルフォードの元へとたどり着くというその時だった。
小さな教会の扉口が開いた。
木の扉は特有の音を立てて大きく開け放たれた。
「はい。お母様」
「お母様、フューを泣かせたら駄目でしょぉぉ」
フランカのほうがずびずびと鼻をすすった。
しかし泣くなと言われても高まった気持ちが静まりそうもなくて自分でも止まらない。どうしようと三人が式の前に化粧を崩していると、控えめに扉を叩く音が聞こえた。
「はい、いま取り込み中!」
フランカが叫んだ。
その言葉を無視した形で扉が開いた。
「フュー、入るよ」
(ギルフォード!)
本日の主役の片割れの声に、フューレアは慌てて涙を止めた。お化粧、大丈夫かなと途端に己の顔が気になり始める。
「フューレア。とてもきれいだ。いいや、きれいという言葉では言い表せない。私の可愛い妖精。いや、女神。……いや女神よりももっと上の至高の存在だ」
最愛の女性の花嫁姿にギルフォードが壊れた。
臆面なく褒めちぎる彼を前にフランカが若干引いているが、普段のフューレアならギルフォードに、それは言い過ぎとか突っ込みを入れるのだが、彼女も愛する婚約者の正装を前に時が止まったかのように微動だにしなかった。
「……」
(ギルフォードったら、とっても素敵)
涙は完全に止まってしまっていた。
光沢のある薄いグレイの正装がギルフォードに恐ろしく似合っている。淡い金色の髪を後ろへ撫でつけ、胸元のポケットにはフューレアとおそろいの白百合が飾られている。普段から素敵なのに、今日はいつも以上に格好良くてどこか色気がある。
声も出せずに目の前の愛する人に見惚れてしまう。
「フュー、どうしたの?」
「あなた、恰好良すぎるわ」
「ありがとう。フューもとても美しいよ。今日から私のものになるんだね」
「……ええ。あなたのお嫁さんになるのよ」
そっと近づいてきたギルフォードに、最後の一歩をフューレアの方から詰めた。
上を向くと、大好きな青い瞳と視線が絡まった。
二人は吸い寄せられるように、顔を近づける。
「はいはーい。駄目よ。それはあとに取っておきなさい」
もう少しで唇が触れるかというその時に、非情な声に邪魔をされてしまった。
横を向くと、あきれ顔のフランカ。
(あ。しまった……)
そういえば、母と姉がいたのだ。
途端にフューレアの顔がりんご並みに赤く染まった。
「あなたね。さっきまであれほど泣いていたのに、恋人が登場した途端そっちに目を奪われるだなんて。まったくもう」
フランカは言葉こそフューレアに強く当たるが、口調には呆れと優しさが混じっていた。
「お姉様、ごめんなさい」
「恋人に目を奪われるのは当然のことだからフューが謝る必要はないよ」
「新郎はさっさと退散してくださいな。いまからフューのお化粧を直さないと。ほら、フュー、こっち来て。最高にきれいにしてあげるから」
調子を取り戻したフランカにその場を仕切られ、ギルフォードは渋々出て行った。
式の開始時間が目前に迫っていた。
* * *
招待客が見守る中、フューレアはナフテハール男爵と一緒に身廊の通路をゆっくりと歩いていく。
オルガンの音と布ずれの音。ゆっくりとギルフォードの姿が近しくなっていく。
もうすぐ、彼の妻になる。
心は静かだった。
式を迎えてしまえば事前の緊張など嘘のように、体は勝手に動いた。
あと数歩でギルフォードの元へとたどり着くというその時だった。
小さな教会の扉口が開いた。
木の扉は特有の音を立てて大きく開け放たれた。