ふたつ名の令嬢と龍の託宣
【第15話 星を堕とす者】
「はーい、お待たせしました、次の方どうぞ」
十匹目の小鬼を招くと、その異形は帽子を取るしぐさをして、胸に手を当ててリーゼロッテにぺこりとお辞儀をした。それが異形が生きていた頃の癖なのだろう。
「あら、あなた、この前も来てくれた子ね」
異形が目をきゅるんとさせて、うれしそうにこくこくと頷いている。
「あなたは確か……この世に未練があって、なかなか天に還れないでいたのよね? それで悔いに残っていることは何なのか思い出せたのかしら?」
目の前の床に立つ異形は、身振り手振りで懸命に何かを訴えている。ソファに腰かけたままリーゼロッテは、そっと瞳を閉じてその波動を感じ取った。
「そう……そう、そうなのね……」
リーゼロッテは小さく頷きながら、根気よく異形の声に耳を傾ける。それはつたない言葉だったり、漠然とした思いだったり、何か映像のように映ったりと様々だ。
「そう……あなたは大切なひとを残して、この世を去ったのね」
閉じていた目を開けて静かにそう言うと、異形はかなしそうにしゅんとうなだれた。異形の思いから垣間見えた映像は、不鮮明で分かりにくいものだったが、それは、今よりもずっと昔に、確かにそこにあったあたたかい記憶のかけらだ。
「ねえ……あなたは長いこと、ここでこうしていたでしょう?」
リーゼロッテの問いかけに、小さな異形はこてんと首を傾けた。
「だからきっと、あなたの大切なひとは、もうあっちにいるのではないかしら?」
リーゼロッテが天井へと視線を移すと、異形もつられるように上を見上げた。
「どう? 見える?」
ふたりが見上げる先に、あたたかくふんわりした空間が垣間見える。異形は不思議そうに、その白く光るその場所をじっと見つめた。
「ほら、あそこで待っているのは、あなたの大切なひとではない?」
そこを食い入るように凝視していた異形の瞳が次第に潤んでいき、光の粒が涙のようにぽろぽろとこぼれ落ちた。その腕を伸ばし、白い狭間へと必死に手を差し伸べる。リーゼロッテはそれを手助けするように、手のひらを広げて緑の力を異形の体に降りまいた。
異形の体はきらめく緑を纏い、ふわりとその場から浮き上がった。光の空間へと手を伸ばし、急いたように、ずっと焦がれていたものを求めていく。その先の光の中に、リーゼロッテは白く朧げな誰かの姿を垣間見た。
そこへたどり着く頃に、小さな異形はひとりの青年の姿となっていた。光の中の誰かに手を差し伸べ、愛おしくその体を抱きしめる。
乞い願った存在にこころが打ち震え、何もかもが満たされていく。リーゼロッテは異形の思いをつぶさに感じて、その波動に緑の瞳を潤ませた。
抱き合ったふたりは、まるで初めからそうであったかのように、境目なくほどけてひとつになっていく。輪郭がぼやけ、やがて光の扉は閉ざされる。天への道が消えゆく間際に、振り返った光のゆらめきが、小さくありがとうと囁いた。リーゼロッテの耳には鈴の音のように、それは静かに響いていった。
十匹目の小鬼を招くと、その異形は帽子を取るしぐさをして、胸に手を当ててリーゼロッテにぺこりとお辞儀をした。それが異形が生きていた頃の癖なのだろう。
「あら、あなた、この前も来てくれた子ね」
異形が目をきゅるんとさせて、うれしそうにこくこくと頷いている。
「あなたは確か……この世に未練があって、なかなか天に還れないでいたのよね? それで悔いに残っていることは何なのか思い出せたのかしら?」
目の前の床に立つ異形は、身振り手振りで懸命に何かを訴えている。ソファに腰かけたままリーゼロッテは、そっと瞳を閉じてその波動を感じ取った。
「そう……そう、そうなのね……」
リーゼロッテは小さく頷きながら、根気よく異形の声に耳を傾ける。それはつたない言葉だったり、漠然とした思いだったり、何か映像のように映ったりと様々だ。
「そう……あなたは大切なひとを残して、この世を去ったのね」
閉じていた目を開けて静かにそう言うと、異形はかなしそうにしゅんとうなだれた。異形の思いから垣間見えた映像は、不鮮明で分かりにくいものだったが、それは、今よりもずっと昔に、確かにそこにあったあたたかい記憶のかけらだ。
「ねえ……あなたは長いこと、ここでこうしていたでしょう?」
リーゼロッテの問いかけに、小さな異形はこてんと首を傾けた。
「だからきっと、あなたの大切なひとは、もうあっちにいるのではないかしら?」
リーゼロッテが天井へと視線を移すと、異形もつられるように上を見上げた。
「どう? 見える?」
ふたりが見上げる先に、あたたかくふんわりした空間が垣間見える。異形は不思議そうに、その白く光るその場所をじっと見つめた。
「ほら、あそこで待っているのは、あなたの大切なひとではない?」
そこを食い入るように凝視していた異形の瞳が次第に潤んでいき、光の粒が涙のようにぽろぽろとこぼれ落ちた。その腕を伸ばし、白い狭間へと必死に手を差し伸べる。リーゼロッテはそれを手助けするように、手のひらを広げて緑の力を異形の体に降りまいた。
異形の体はきらめく緑を纏い、ふわりとその場から浮き上がった。光の空間へと手を伸ばし、急いたように、ずっと焦がれていたものを求めていく。その先の光の中に、リーゼロッテは白く朧げな誰かの姿を垣間見た。
そこへたどり着く頃に、小さな異形はひとりの青年の姿となっていた。光の中の誰かに手を差し伸べ、愛おしくその体を抱きしめる。
乞い願った存在にこころが打ち震え、何もかもが満たされていく。リーゼロッテは異形の思いをつぶさに感じて、その波動に緑の瞳を潤ませた。
抱き合ったふたりは、まるで初めからそうであったかのように、境目なくほどけてひとつになっていく。輪郭がぼやけ、やがて光の扉は閉ざされる。天への道が消えゆく間際に、振り返った光のゆらめきが、小さくありがとうと囁いた。リーゼロッテの耳には鈴の音のように、それは静かに響いていった。