ふたつ名の令嬢と龍の託宣
「リーゼロッテ様……今、異形を浄化されていましたよね?」

 紅茶をテーブルの上に置きながら、マテアスが驚いた声で聞いてくる。その問いにリーゼロッテは一度視線をさ迷わせてから、毅然(きぜん)とした態度でマテアスにきっぱりと返した。

「いいえ、あれは浄化ではないわ。あの子が自発的に天に(かえ)っただけよ」
「え? ですが、あれはどう見ても……」
(まずいわ。あれを浄化と認めてしまうと、ヴァルト様に止められてしまうかも)

 心配性のジークヴァルトが、一度却下したことを撤回(てっかい)することはまずあり得ない。リーゼロッテはなんとかそれだけは()けようと、もう一度マテアスに向かって強めに言った。

「いいえ、あの子は自分で天に還ったの。だって、わたくし、浄化の力は使っていないもの」

 リーゼロッテはいつもやっているように、小鬼の瞳をきゅるんとさせる程度にしか力を使わなかった。いや、使ったというより、自然と(あふ)れ出るものをそっと振りまいただけだ。それ以上のことは何もしていない。

 そんなリーゼロッテの(かたく)なな態度に、マテアスは戸惑った。リーゼロッテはずっと異形の浄化をしたそうにしていた。(つね)日頃(ひごろ)、マテアス達が行う浄化とはまったく異質な方法だったが、異形は確かに浄化されたのだ。それをよろこぶでもなく、むしろあれは浄化ではないと言い張るリーゼロッテの真意が測れない。

「あれは浄化じゃないもの」

 もう一度ぽつりと言って、リーゼロッテはその瞳にもりもりと涙をためだした。小さな唇をへの字に曲げて、ふるふると震わせている。

 その涙が今にもこぼれ落ちそうな様子に、マテアスは激しく動揺した。なぜそこで泣くのかがわからない。そして、横からあふれ出る(あるじ)の殺気に身がすくむ。

「りりりリーゼロッテ様、お気に(さわ)ることを申し上げましたのなら謝罪いたします」

 普段は冷静沈着なマテアスが、はわはわとなっている。横暴な貴族が理不尽(りふじん)な要求をしてくることはままあることだが、リーゼロッテのこの反応はマテアスの理解をはるかに超えていた。

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