ふたつ名の令嬢と龍の託宣

【第18話 龍の烙印】

 その瞬間、カイに戦慄(せんりつ)が走った。
 思わず振り返った廊下のはるか先に、前を歩いていたはずのリーゼロッテの姿が目に入る。と同時に、廊下のガラス戸一面が、何の前触れもなく一斉に砕け散った。
 ガラスが砕け落ちる音と重なり、リーゼロッテの悲鳴が響く。

「リーゼロッテお嬢様っ!」

 飛び出そうとするエラの腕を素早く捉えて、カイはその体を引き戻した。

「エラ嬢はここにいて。大丈夫、リーゼロッテ嬢はオレにまかせて。いい? 命令だよ」

 言うなりカイは過ぎてきた廊下に再び足を踏み入れた。吹きすさぶ雪に顔をしかめながら、砕けたガラスを踏むことも(いと)わず、リーゼロッテへと駆け寄っていく。

(なんでだ? オレはリーゼロッテ嬢の後ろにいたはずなのに)

 廊下の反対側の入り口に、カークが立ち往生しているのが目に入る。何か壁のようなものに阻まれて進めないでいるようだ。

 リーゼロッテに近づくにつれ、()()の残り()が強まっていく。ちっと舌打ちをして、カイは駆け寄る速度をさらに上げた。

「リーゼロッテ嬢、怪我はない?」

 そのそばまで来て安堵する。本体はもうこの辺りにはいないようだ。座り込んでいるリーゼロッテの肩に、カイは自身の上着をかけた。

 床の上を見ると、リーゼロッテの周囲だけ、ぐるりと円を描いたようにガラスの破片が()けられている。その代わりに灰色の砂のような物が散乱していた。

(あの一瞬で守り石が砕けたのか……?)

 リーゼロッテが身に着けていた青い守り石は、ひとつとして原型をとどめていない。どれも小ぶりなものだったが、公爵家が用意した上質な石ばかりだ。あの数があれば、普段リーゼロッテがしているペンダント以上の効果があったことだろう。

「……カイ様」

 放心したようにリーゼロッテが見上げてくる。このままでは雪で体温が奪われる。

「非常事態だから見逃して」

 そう言って、リーゼロッテをすくい上げるように抱き上げた。突然のことに驚いて、リーゼロッテは思わずカイの首にしがみついた。カイはそのままエラがいる方へ歩き出す。

「ごめん、怖かったよね。でも、もう大丈夫だから。そのままつかまってて」

 リーゼロッテは声なくうなずき、縋りつくようにカイの首筋に顔をうずめた。

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