ふたつ名の令嬢と龍の託宣
「わたくし、廊下の中ほどで、庭の雪と、自分が窓に映る姿をながめておりました。……そうしたら、わたくしの後ろに赤いドレスを着た綺麗な女の方が立っているのがガラスに映って……ですが、振り返っても後ろには誰もいなくて、その時、窓が一斉に……」

 そこまで言ってリーゼロッテは小さく身震いした。あの瞬間、身に着けていた守り石がすべて砕け散った。それはリーゼロッテを傷つけることはなかったが、髪に耳に首元に、そしてドレスのいたる所に飾られた青の揺らめきは、一瞬にして灰色の残骸になってしまった。

「その女の容姿はどんなだったか覚えている?」
「容姿……」

 そう言われてリーゼロッテは、脳裏に残る女を思い浮かべた。

「髪が長くて……赤い口紅と、ここ喉元(のどもと)に真っ赤なブローチが……」

 深紅のドレスと、白い首に飾られた、紅玉のような赤い輝きが目に焼きついた。なのに髪の色も瞳の色もぼんやりとして思い出せない。

「首にブローチ?」

 カイにそう聞き返されて、リーゼロッテ自身、小首をかしげた。女はオフショルダーのドレスを着ていたように思う。胸元も首筋も、肌が出ていたはずだ。素肌にブローチをつけるなどできはしないだろう。

「チョーカーだったのでしょうか……紅玉のように美しく輝いておりましたから」
「……龍の烙印(らくいん)だ」
「え……?」

 カイの押し殺した声に思わず顔を上げると、そこには真剣な目をしたカイがいた。

「その(くれない)のしるしは、龍の烙印――禁忌(きんき)の異形につけられた罪の(あかし)だ」
「罪の証……」

 リーゼロッテがオウム返しにすると、カイはその場で静かに立ち上がる。

「この前、公爵家の書庫で話したよね。龍の託宣を(はば)もうとする者には、龍の鉄槌(てっつい)が降りるって」
「では、あの方は……」
「そう、リーゼロッテ嬢が視たのは恐らく」

 青ざめたリーゼロッテにカイは静かにうなずいた。

「――星を()とす者だ」

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