ふたつ名の令嬢と龍の託宣
     ◇
「開けますよっ!」

 コココココン! と(せわ)しなくノックしてから、返事を待たずにカイは乱暴に扉を開けた。

「一体なにやってくれてるんですか! 危うくオレ死にかけましたよ!」

 部屋の中には予想通りのふたりがいた。真っ赤になったリーゼロッテを膝に乗せ、ジークヴァルトがその口にせっせと菓子を運んでいる。
 口に入れても入れても、リーゼロッテの体からはぽっぽぽっぽと緑の力があふれ出ている。力を消費した分を補うように、ジークヴァルトが嬉々としてその口に菓子を詰め込んでいた。

「あー、もう……」

 とっちらかった室内。熟れたビョウのように頬を染めるリーゼロッテ。今まで見たことのないくらい上機嫌なジークヴァルト。これを掛け合わせれば、(おの)ずと何があったかはわかるというものだ。

(さっきまですごくぎくしゃくした様子だったのに……)

 夜会の会場でのふたりは、遠目に見ても物凄くこじれているようだった。いい感じですれ違っている(さま)をおもしろく見学していたというのに、一体何があったのやらだ。

「カイ、菓子が足りない」
「はいはい、わかりました。ジークヴァルト様、この(たび)は誠におめでとうございます。菓子は公爵家の馬車に詰め込んでおきますので、今すぐとっとと帰ってください」

 このままでは屋敷全体が破壊されそうな勢いだ。ジークヴァルトが頬を撫でさするたびにリーゼロッテが赤くなり、それを見たジークヴァルトが公爵家の呪いを発動させている。リーゼロッテからあふれた力が周囲の異形を瞬殺し、それを先ほどからずっと繰り返している。
 しかもこの部屋は、リーゼロッテの浄化の力が充満していた。扉を開けただけでも気を失いそうだ。

「うわぁ、なんだかすんごぃことになってますねぇ」
 後ろからベッティがひょっこりと顔をのぞかせた。

「カイ坊ちゃまぁ、わたしひとりじゃ斃死(へいし)しそうなのでぇ一緒に来てくださいましねぇ」

 カイの両腕を肩に(かつ)ぐように引っ張って、ベッティは中へと歩を進めた。

「公爵様ぁお召しにより参上いたしましたよぅ。超絶吐きそうなので手短にぃ」
「傷を」

 短く言われ、ベッティは覗き込むようにリーゼロッテを見た。頬や腕に血のりが残っているが、どこにも傷は見当たらなかった。それを確認すると、無理やり道連れにしたカイを置いて、ベッティはさっと扉の外へと避難した。

「もう傷は()えているようですねぇ。先ほど聖女の力が屋敷中を吹き抜けましたのでぇ、そのとき一緒にご自分を治癒されたのではないでしょうかぁ」

 そう言われてリーゼロッテは自分の腕をまじまじと見た。確かに線状に血が走っているだけで、傷も痛みもまるでなかった。

「というわけで、お帰りはあちらですぅ。ちなみに先ほどの爆風でぇわたしも天国への扉を見ましたよぅ。このままだと本当に扉が開きそうなんでぇ、これ以上はご勘弁くださいましぃ」
「そう思うならオレを置いてかないでよ」

 扉の隙間から目だけをのぞかせているベッティに、呆れたようにカイは言った。

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