ふたつ名の令嬢と龍の託宣

【番外編 貴女は誰にも渡さない~ルカのツェツィーリアGET大作戦~】

「父上! おはようございます!」

 早朝に開け放たれた執務室の扉に、フーゴはうんざりした顔を向けた。そこに立つのは十一歳になったばかりの息子のルカだ。優秀な跡取りだとは思っているが、今回ばかりはどうしたものかと、正直思案に暮れている。

「夕べ父上に指摘された部分を修正してきました。これならレルナー家にも満足していただけるでしょう?」

 そう言って手にした紙の束を、執務机の上に広げようとする。自分が目を通していた書類が(まぎ)れないようにと、フーゴは慌ててそれを()けて移動させた。

「確かに昨日よりはいい案ではあるが……だが、これではレルナー公爵のお心には響かないだろう。あまりにも収益が少なすぎる」
「ですが父上、長期的に見てレルナー家にも相当な利益が出るはずです。そう悪い話ではありません!」
「三年も五年も先を見越した利益では話にならない。こういった事業は不測の事態もあり得るんだ。せめて数か月先のまとまった額を提示できなくては、ほかの候補の方には太刀打ちなどできるはずもない」
「……わかりました、まずは短期的な利益ですね。出直してきます!」

 紙をかき集めて嵐のように去っていった息子を見送って、フーゴは眉間をもみほぐしながら息をついた。こうやって日に何度もルカの突撃をくらっている。

 今朝のように早朝から始まり、夜は夫婦の寝所にまでやってくる。おかげで寝不足もいいところなのだ。最愛の妻クリスタは、美容に悪いとさっさと別の部屋に逃げてしまった。ひとり寝の夜が続くのも、疲弊する原因だった。

 義娘のリーゼロッテの話では、レルナー公爵令嬢にひと目惚れしたのだと言う。ほかの候補に取られないようにと、レルナー公爵へと婚約を申し込みたいのだ。フーゲンベルク家から戻るなり、ルカは開口いちばんそう言った。

 当然そんなことは承諾できないと、フーゴはルカに即座に返した。伯爵家の跡取りであるルカの婚姻は、領地の繁栄にもかかわることだ。伴侶として迎い入れる令嬢も、相手を吟味する必要がある。ルカの性格からして頭ごなしに反対しても絶対に納得しないため、とにかく理詰めで無理なことだと説明した。

 しかしルカは諦めなかった。それ以来レルナー公爵令嬢との婚約が、いかに双方の家に益をもたらすか、必死にプレゼンしてくるようになったのだ。駄目出しをしても、次には打開策を用意して現れる。いい勉強にはなるだろうと思い付き合ってはいるが、限度を知らないルカに辟易しているフーゴだった。

(仕方ない。今のうちに執務を片付けるか……)

 あの様子では、昼過ぎあたりにまたやってきそうだ。午後には重要な商談を控えている。今できることをやっておかないと、物事が後手後手に回ってしまう。
 気を取り直して、フーゴは書類に手をかけた。

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