ふたつ名の令嬢と龍の託宣

【第7話 夢見の少年】

 朝食を終え、何もすることがなくなったリーゼロッテは、小さくため息をついた。
 気ままにひとりで食べる食事も、続くとやはり味気ない。ここ数日顔を合わせているのは、アルベルトとヘッダだけだ。だがヘッダは食事を届けに来るだけで、ろくに会話もせずにすぐ行ってしまう。

 東宮には本当に異形の者はいないようだった。部屋も廊下もテラスから見える外も、空気が澄みきっていてとても気持ちがいい。

(でも小鬼の一匹でもいれば、話を聞くこともできるのに……)
 あのきゅるんなお目目が懐かしく思えて、リーゼロッテは再びため息をついた。

 そのとき扉が叩かれた。この時間、いつも決まってアルベルトがやってくる。リーゼロッテはぱっと瞳を輝かせた。

「本日の分です」

 手渡されたのはジークヴァルトからの手紙だ。毎日のように届くそれだけが、リーゼロッテの唯一の心の支えだ。

「わたくしはこちらを……」

 夕べ書いた(ふみ)をアルベルトへと差し出した。お預かりしますと笑顔で受け取られ、リーゼロッテはすまなそうな顔になる。

「アルベルト様、あの、毎日お手数をおかけして申し訳ございません」
「なぜお謝りに? クリスティーナ様も許可なさっていることです。お気になどなさらずに」
「はい……ありがとうございます」

 毎日手紙を出さないと、どうした何があったとジークヴァルトはしつこいくらいに手紙をよこしてくる。家の者に配達を頼むなら「よろしくね」で済む話だが、王女付きのアルベルトたちの手を煩わせるのもためらわれるというものだ。

「あと、クリスティーナ様からのご伝言が。東宮の敷地内でしたら好きに過ごされていいとのことです」
「お庭に出ても大丈夫なのですか?」
「はい、塀を越えて外に出たりしなければ問題はありません。もしご不安なようでしたらヘッダ様をお呼びになってください。ここはそれほど広くはありませんが、慣れるまでは案内がいた方がリーゼロッテ様もご安心でしょう」

 ヘッダの名に顔が曇った。頼んだことはきちんとこなしてくれるし、直接的な嫌がらせをされることもない。だが彼女に嫌われていることは明らかだ。

(神託で呼ばれたとはいえ、わたしは平穏な生活を乱す存在なんだわ……)

 そうは言ってもリーゼロッテ自身、いたくてここにいるわけではない。お互い、接触をできるだけ避けるような毎日が、ここずっと続いていた。

「ただ神官がやってくることが度々あるので、その時はお部屋にいていただけると助かります」
「神官様が来られるのですか?」
「クリスティーナ様は夢見の力をお持ちです。その関係でよく顔を出すのですよ」
「夢見の力……」

 貴族街での神がかった王女の姿を思い出す。それは聖女のように清らかで、とても神聖なものだった。

「あの占いも夢見だったのでしょうか……?」

 なんとはなしに問うが、待てども返事は返ってこない。顔を上げると、苦い笑みを浮かべたアルベルトが、黙ってこちらを見つめていた。

「わたくし、不躾(ぶしつけ)な詮索を!」
「いえ、ただの目隠しですよ。龍がお考えになることは、わたしなどには到底理解が及びません」

 諦めを含んだような静かな笑みに、返す言葉が見つからなかった。

「では、これで失礼いたします」
 一礼してアルベルトは扉を閉めた。

 ひとりきりになった部屋で封筒を開く。ジークヴァルトの手紙はいつもそっけない内容だ。だがちょっと(くせ)のある文字すら愛おしい。会いたいと、何度手紙に書こうと思ったことか。

(駄目よ、我慢しないと。ヴァルト様はお忙しいんだもの)

 自分が会いに行くならまだしも、何時間もかけてやってくるジークヴァルトを思うと、さびしいからとわがままばかりも言っていられない。

 もらった手紙を数えるように、順番に目を通していく。短い手紙はあっという間に一巡して、リーゼロッテは何度かそれを繰り返した。

(やっぱり会いたい……)

 青い瞳を覗き込んで、大きな手に触れてもらって、その広い胸に身を預けて――

 開け放したままのテラスから外を眺めた。遠くに見える王都の街を見るたびに、余計にさびしくなってくる。だがその向こうにジークヴァルトがいるのかと思うと、思いを()せずにいられなかった。

 コッコッコ、と鶏の声がして、視線を庭へと向ける。そこにはのんびりと石畳を歩くクリスティーナがいた。少し距離を開けて、その後ろをアルベルトがついていく。
 王女が手にした何かを()くと、鶏が一斉に地面を(ついば)み始める。見上げた王女と目が合った。次いでリーゼロッテに向けて手招きをしてくる。

(のぞき見していたこと、何か言われるのかしら……)

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