ふたつ名の令嬢と龍の託宣

【第17話 時、満ちて】

 血を、(ほっ)する者がいる。
 あれは数多(あまた)(いしずえ)から生じた(ゆが)み。重く低く、()がれた波が救いを求めて、今、高みに手を伸ばす。
 その先にあるのは、この国の希望。
 失ってはならない、(ただ)ひとつの光――

     ◇
 王城へと向かう馬車の中、レースのカーテンの隙間から、リーゼロッテは落ち着きなく何度も窓の外を覗きこんでいた。それをエラが微笑ましく見守っている。
 ようやくフーゲンベルクの屋敷に帰れるのだ。王女の神事が終わったら、そのままジークヴァルトが迎えにきてくれることになっていた。

「ヴァルト様のお誕生日の前に戻れることになってうれしいわ。手編みのブランケットはよろこんでもらえるかしら?」
「はい、きっとおよろこびくださいますよ」

 ジークヴァルトへの贈り物として、エラの指導の(もと)、東宮でせっせと編み物を続けていた。ひざ掛けを作るつもりが、勢いあまって毛布サイズになってしまったのはご愛嬌(あいきょう)だ。寒い日にジークヴァルトと一緒に(くる)まりたいなどと思っているリーゼロッテだった。

(それにしても、降りた神託は一体なんだったのかしら……)

 リーゼロッテに身の危険が迫っているという神託の元、東宮で保護を受けていた。しかしこれといって、何が起きたということもない。安全な東宮にいて、危機はすでに去ったということだろうか?

 東宮での生活は四か月近くに及んだ。一度だけ夜会に行くことはできたが、それ以外はずっと隔離された生活だった。
 ジークヴァルトとも数えるほどしか会っていない。だがまたあの日常が戻ってくる。そう思うと緩む顔を抑えられなかった。

(異世界って、本当におとぎ話みたいなことばかりね)

 囚われの姫になっていたとでも思えば、あの日々もいい思い出話になりそうだ。ラプンツェルの塔のような東宮を頭に浮かべながら、リーゼロッテはそんなことを考えていた。

 王都の中心街に出て、東宮から遥か遠くに見下ろしていた王城が大きく近づいてくる。

(もうすぐヴァルト様に会える……!)

 そびえ立つ門をくぐり抜け、助け出されたお姫様気分で、リーゼロッテはその胸を高鳴らせた。

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