ふたつ名の令嬢と龍の託宣
◇
「人払いを」
玉座に座る王の言葉に、当事者だけが残された。目の前で礼を取っているのはクリスティーナ王女だ。そのさらに後方に令嬢と護衛の騎士が控えている。
王妃となってしばらく経つが、アンネマリーが第一王女に会うのは初めてのことだ。顔立ちは妹姫のテレーズよりも、弟のハインリヒとよく似ている。
美しい人だとそう思った。生まれながらにして王女として生きてきた。そんな気品と誇りが、彼女からは感じられた。
遥か遠くを見つめる瞳で、ハインリヒが王女に視線を落とす。それはどこか愁いをはらんでいるかに見えて、アンネマリーはその横顔を戸惑いと共に見守った。
「ハインリヒ王、最後にこうして立派になられた姿を目にすることができ、わたくしもうれしく思っております」
感慨深げなその言葉は、王に対してというよりも、大切な弟に向けたものなのだろう。慈しむような王女の瞳に、ハインリヒはただ静かに頷いた。
「父上たちにはもう?」
「はい、先ほど挨拶は済ませてきました。思い残すことはありません」
そのやり取りはまるで今生の別れに見えた。困惑しつつ、口を挿むこともできない。アンネマリーはこの謁見の場で、たったひとりの傍観者だった。
「ヘッダ・バルテン子爵令嬢。長きに渡り第一王女によく仕えてくれた。褒美としてそなたの願いを聞こう」
奥に控えていた令嬢に声がかけられる。その令嬢は臆することなく顔を上げた。
「わたくしの願いはただひとつにございます。クリスティーナ王女殿下の行く道が、この先も安寧であることを……それだけを望みます」
「相分かった。最後まで責任を持って見届けよう」
「ありがたきお言葉にございます」
重く響く声で頷いた王に、笑みをこぼして令嬢は深く礼を取った。
「アルベルト・ガウス」
次いで王女の騎士が、令嬢の横で大きく頭を垂れる。
「そなたも王女によく仕えてくれた。その功績を称え、貴族の地位および財を授けることとする」
「身に余る光栄でございます」
一拍置いたのち、ハインリヒはさらに続けて騎士に告げた。
「それに伴い、今をもってそなたを第一王女の護衛の任から外す。王城に一室を用意させた。今後の処遇は追って申し渡すゆえ、それまではそこで待つように」
驚きの表情で、騎士は一瞬顔を上げかけた。だが言葉を飲み込んで、再び深く礼を取る。
「王の……仰せのままに」
彼の声は震えていた。絞り出されたようなそれを背に、王女は表情を変えずに前を向いている。
「王、わたくしの願いを聞き届けていただき、心より感謝いたします」
「ああ、その者については万事うまく取り計らおう」
王女の言葉に、壇上からも分かるくらい騎士の体が震えた。彼は王女に捨てられたのだ。そんな悲劇にアンネマリーの目には映った。
いたたまれない雰囲気のまま、謁見の場は幕を閉じる。
王女と令嬢は王族用の扉へと向かい、残された騎士は絶望の顔で、貴族用の扉から姿を消した。
その様を目で追って、アンネマリーはふいに手を握られた。遠い瞳のままハインリヒは、王女が出ていった扉を見つめている。
「……王とは無力なものだな」
握る手に力が入る。そこに自身の手を重ね、アンネマリーはハインリヒと見つめ合った。
「ずっとおそばでお支えしております。国のため、どうぞ、王は迷わずお進みください」
「……そうだな。迷うなど、何も意味はない」
静かに言ってハインリヒは、再び遥か遠くをじっと見据えた。
「人払いを」
玉座に座る王の言葉に、当事者だけが残された。目の前で礼を取っているのはクリスティーナ王女だ。そのさらに後方に令嬢と護衛の騎士が控えている。
王妃となってしばらく経つが、アンネマリーが第一王女に会うのは初めてのことだ。顔立ちは妹姫のテレーズよりも、弟のハインリヒとよく似ている。
美しい人だとそう思った。生まれながらにして王女として生きてきた。そんな気品と誇りが、彼女からは感じられた。
遥か遠くを見つめる瞳で、ハインリヒが王女に視線を落とす。それはどこか愁いをはらんでいるかに見えて、アンネマリーはその横顔を戸惑いと共に見守った。
「ハインリヒ王、最後にこうして立派になられた姿を目にすることができ、わたくしもうれしく思っております」
感慨深げなその言葉は、王に対してというよりも、大切な弟に向けたものなのだろう。慈しむような王女の瞳に、ハインリヒはただ静かに頷いた。
「父上たちにはもう?」
「はい、先ほど挨拶は済ませてきました。思い残すことはありません」
そのやり取りはまるで今生の別れに見えた。困惑しつつ、口を挿むこともできない。アンネマリーはこの謁見の場で、たったひとりの傍観者だった。
「ヘッダ・バルテン子爵令嬢。長きに渡り第一王女によく仕えてくれた。褒美としてそなたの願いを聞こう」
奥に控えていた令嬢に声がかけられる。その令嬢は臆することなく顔を上げた。
「わたくしの願いはただひとつにございます。クリスティーナ王女殿下の行く道が、この先も安寧であることを……それだけを望みます」
「相分かった。最後まで責任を持って見届けよう」
「ありがたきお言葉にございます」
重く響く声で頷いた王に、笑みをこぼして令嬢は深く礼を取った。
「アルベルト・ガウス」
次いで王女の騎士が、令嬢の横で大きく頭を垂れる。
「そなたも王女によく仕えてくれた。その功績を称え、貴族の地位および財を授けることとする」
「身に余る光栄でございます」
一拍置いたのち、ハインリヒはさらに続けて騎士に告げた。
「それに伴い、今をもってそなたを第一王女の護衛の任から外す。王城に一室を用意させた。今後の処遇は追って申し渡すゆえ、それまではそこで待つように」
驚きの表情で、騎士は一瞬顔を上げかけた。だが言葉を飲み込んで、再び深く礼を取る。
「王の……仰せのままに」
彼の声は震えていた。絞り出されたようなそれを背に、王女は表情を変えずに前を向いている。
「王、わたくしの願いを聞き届けていただき、心より感謝いたします」
「ああ、その者については万事うまく取り計らおう」
王女の言葉に、壇上からも分かるくらい騎士の体が震えた。彼は王女に捨てられたのだ。そんな悲劇にアンネマリーの目には映った。
いたたまれない雰囲気のまま、謁見の場は幕を閉じる。
王女と令嬢は王族用の扉へと向かい、残された騎士は絶望の顔で、貴族用の扉から姿を消した。
その様を目で追って、アンネマリーはふいに手を握られた。遠い瞳のままハインリヒは、王女が出ていった扉を見つめている。
「……王とは無力なものだな」
握る手に力が入る。そこに自身の手を重ね、アンネマリーはハインリヒと見つめ合った。
「ずっとおそばでお支えしております。国のため、どうぞ、王は迷わずお進みください」
「……そうだな。迷うなど、何も意味はない」
静かに言ってハインリヒは、再び遥か遠くをじっと見据えた。