ふたつ名の令嬢と龍の託宣
     ◇
 何が起きたのか分からない。
 なぜ、という思いだけがすべてを占めた。

 彼女が彼女として()れるよう、最後まで護り続けることが与えられた役割だった。
 そして見届けるはずだった。誇り高い王女のまま()く、その瞬間を。誰よりも近くにいたこの自分だけが。

 扉を出ていく背中。背筋の伸びた見慣れた後ろ姿は、振り返りもせず消えてしまった。

(あれが最後なのか。あれで、終わりなのか)
 そんなはずはない――張り詰めた心が、拒絶の言葉を叫び続ける。

 どうして見届けさせてくれないと言うのか。どんなに(むご)最期(さいご)を迎えようと、王女として美しく散るその瞬間を、この瞳に焼きつけたかった。すべてを刻み込むために。

 アルベルトは震える(こぶし)を握りしめた。その手が腰の剣の(つば)に当たる。この剣はナイトの称号と共に、クリスティーナから(たまわ)った騎士の誇りだ。

 その誇りある任を王はあっさりと解いた。だがそれは誰でもない、クリスティーナが望んだことなのだ。

 彼女を守るために磨き続けてきたこの剣は、結局なんの役にも立たなかった。これから先もガラクタのままだ。何も持たないこの手はもう、二度と王女に届かないのだから。

 (きた)る空虚とない混ぜになって、抱える思いの何もかもが、(むご)たらしく現実の(やいば)に切り刻まれていく。

 どこまでも気高く。どこまでも残酷な。自分だけの美しい王女。

 クリスティーナは間もなく死ぬ。自分の預かり知らないところで、アルベルトを置き去りにしたまま、いつの間にかひとりきりで()ってしまう。

「……――っ」

 衝動のように叩きつけられた騎士の誇りは、耳障りな音を立て王城の廊下を滑っていった。通りすがった誰かが、その様子に小さく悲鳴を上げる。

 感情を抑えられないままアルベルトは、捨てた剣に背を向けた。

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