ふたつ名の令嬢と龍の託宣
「その下女(げじょ)に助けを求めても無駄ですよ。それは口がきけなければ耳も聞こえません」

 扉の小窓を見やると、頭巾からのぞく目がうれしそうに細められた。今まで幾度もした問いかけを、駄目で元々で問うてみる。

「わたくしをいつまでここに閉じ込めておくつもりですか?」
「それは青龍次第です。聖女様をお待たせして申し訳ないのですが、何しろ()()()()()は忙しい身なもので」
「我々の青龍……?」

 リーゼロッテが小首をかしげると、神官は興奮ぎみに凝視してくる。似たような視線を、神事へ向かう廊下でたくさん浴びた。この神官もまた『リーゼロッテの演じる聖女』を信奉するひとりなのかもしれない。

 床磨きを続けていたベッティが、いきなりすっくと立ちあがった。扉の真横なので、神官からは死角となってその動きは見えないようだ。ベッティは「しぃっ」と指を唇にあてたまま、()いた手で扉をちょいちょいと()し示す。

 そのまま神官の気を引いておけ。そんな指令と受け取って、リーゼロッテは再び神官に視線を投げた。

「聖女であるわたくしを待たせるなんて失礼です。それにあなた方も、いきなり先ぶれもなくやってくるなんて、礼儀に反しておりますわ」

 神官相手に貴族の作法など通用しないだろうが、聖女の威厳を出そうとした結果そんな言葉になった。強引かとも思ったが、神官の声が困ったようにすぼめられる。

「ここへは決められた者が、決められた時間にしか来られません。そこは辛抱していただければと……」
「そんなもの、わたくしには関係ないことですわ。ここでの待遇もひどすぎます。話し相手もおらずひとり放っておかれて、どんなにさみしい思いをしているか……」
「それで食事もろくにのどを通らないのですね……なんて繊細な……」

 涙目で訴えると、神官がくわっと目を見開いた。呼吸も荒く小窓に張り付いて、リーゼロッテの一挙手(いっきょしゅ)一投足(いっとうそく)に目を奪われている。

「ここから出してはいただけませんか……?」
「い、いえ、それはできません」
「どうしても?」
「ど、どうしても」

 上目づかいで懇願するも、神官は(ほだ)されない。今度はぷうっと頬を膨らませて、リーゼロッテは可愛らしく神官を睨み上げた。

「ひどい」
「そんな、ひどいと言われてもっ」

 神官が動揺している間に、そうっとベッティが扉へと壁伝いに近づいていく。手にした細長い筒を口元にあて、小窓からのぞく神官に向かって狙いを定めた。
 ふっと吹かれたと思った直後、神官は扉の向こうで崩れ落ちた。次いで大きないびきが聞こえてくる。

「ふぅ、ナイスアシストですぅ」
 大げさに(ひたい)をぬぐうと、ベッティはリーゼロッテに向けてにやっと笑った。

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