ふたつ名の令嬢と龍の託宣
     ◇
 興奮で明け方まで寝つけなかったリーゼロッテは、眠けが抜けないまま朝食に呼ばれた。バルテン家の家族の食卓に、ジークヴァルトと共に席に着く。

(ヴァルト様と朝食をいただくなんて、初めてのことかも)

 思えば食事を共にしたと言えば、あーんが繰り広げられる珍妙な晩餐と、王太子時代のハインリヒにお呼ばれしたときだけだ。さすがにここではあーんだけは阻止しようと、リーゼロッテは警戒しながらフレッシュジュースを手に取った。

 ひと口飲んで首をかしげる。もうひと口飲むと、やはり独特の香りが鼻の奥に広がった。この味はビンゲンだ。比較的珍しい香草だが、バルテン領の特産として知られている。バルテン家で頻繁に食卓に上っても、何も不思議はないだろう。

 朝食と言えど貴族の屋敷ではコース料理が出てくる。予想通り、次のメニューにもビンゲンが使われていた。香ばしく焼かれたデニッシュの生地にふんだんに練り込まれ、つけるジャムは甘いビンゲンの塊だ。トリュフ入りのスクランブルエッグでも、ビンゲンが主張しすぎている。せっかくのトリュフが台無しというものだ。

(そういえばヴァルト様って、ビンゲンが苦手じゃなかったっけ……)

 さりげなく横のジークヴァルトに目をやると、どこか遠い目をして黙々と食べていた。向かいの席では似たような表情のアルベルトが、悟ったように料理を口に運んでいる。

(アルベルト様も駄目っぽそうね……)

 客人の自分たちと違って、アルベルトは毎日こんなメニューを出されているのかもしれない。婿養子の立場では、領地の特産が嫌いだとは言い出しづらいだろう。
 クリスティーナと言えば、そのアルベルトの横でグリーンサラダを上品に食べている。ビンゲンも入っているようだが、彼女だけ別メニューが用意されているようだった。

「デザートは季節のフルーツヨーグルト、ビンゲンのフレッシュソース添えでございます」

 最後のメニューを差し出され、青臭いソースに顔が引きつりかけた。嫌いではないとはいえ、こうもビンゲンづくしだと、さすがに嫌になってくる。

「あら、あなた。東宮の厨房にいた……」
「ご記憶くださり光栄です。東宮が閉鎖され職を失いかけましたが、幸いバルテン家へと召し抱えていただけまして」

 そこにいたのは東宮の料理人だった。見回すと使用人の中に、東宮で見かけた者が他にもいることに気がついた。
 クリスティーナを見ても素知らぬ顔でサラダを口に運んでいる。リーゼロッテの口元は、知らず(ほころ)んだのだった。

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