ふたつ名の令嬢と龍の託宣
     ◇
「さぁ、何から話しましょうか?」

 移動したサロンでテーブルを囲んだ。王女はまっすぐにリーゼロッテを見つめている。言葉を探しつつも、聞きたいことはたったひとつだ。

「クリスティーナ様が生きていらっしゃったこと、わたくし心からうれしく思います。ですが、なぜクリスティーナ様はここにいらっしゃるのですか……?」
「そうね。まず初めに言っておくわ。わたくしの名はヘッダ・バルテンよ。第一王女はあの日、死んだのだから」
「ですが……」

 目の前にいるのはクリスティーナだ。困惑していると王女の隣に座っていたアルベルトと目が合った。

「驚かれるのも無理はありません。わたしもこのバルテン家に来るまで、何も知らされていませんでしたから」
「仕方ないでしょう? わたくしだって目覚めたらもうバルテン家にいたのだから」

 非難の含んだアルベルトの口調に、クリスティーナは居丈高(いたけだか)に返した。人を従え慣れた態度は、王女の姿そのものだ。

「事情はわたしからお話しいたしましょう。我が娘ヘッダは、龍から託宣を受けていたのです」
「ヘッダ様が託宣を……?」

 バルテン子爵は穏やかな表情で頷いた。

「ヘッダが賜った託宣は、クリスティーナ様をお守りし身代わりとなるというものでした。生まれた時から病弱で成人までは生きられないと言われた娘です。それが思った以上に長い時を過ごせました。これもクリスティーナ様がいてくださったからこそ……」

 静かに言った子爵の横で、バルテン夫人が涙ぐむ。夫人の手に自身の手のひらを添え、子爵はリーゼロッテにやさしげな顔を向けた。

「ではヘッダ様は……」
「はい、龍の託宣を全うし、ヘッダは天へと旅立ちました。こうして無事に王女殿下をお守りできたこと、娘も誇りに思っていることでしょう」
「そう……だったのですね。ですがなぜ、クリスティーナ様がヘッダ様ということに……?」

 あの時亡くなったのがヘッダだと言うのなら、クリスティーナの葬儀をとり行う必要はなかったはずだ。王女の死に、国中がいまだかなしみに沈んでいる。

第一王女(わたくし)は死ぬ必要があったのよ」
「え?」
「あの日以来、わたくしは夢見の力を失ったわ。それでなくともわたくしの曖昧な夢見に、神殿は不満の声を上げていた。巫女として価値のなくなった王女など、神殿の増長を許す火種を作るだけ。龍の託宣を果たし立派に死んだ王女ということにしておいた方が、王家としても都合が良かったのよ」
「そんな……」
「王家と神殿の力関係を守るため、わたくしの死は不可欠だった。ハインリヒの決断は、王として最良のものよ」

 姉姫を政治の(こま)として切り捨て、ハインリヒ王は神殿のみならず国民をも(あざむ)いたのだ。国を治めるとはそこまでしなくてはならないのだろうか。リーゼロッテは言葉を失った。

「では国葬を受けたのはヘッダ様だったのですか……?」
「そう、ヘッダは第一王女として王族の墓に入れられたわ。そしてわたくしがヘッダとして生きることになった」

 ひとしきり話し終えて、場に沈黙が訪れた。リーゼロッテの身代わりとなったクリスティーナを守るため、ヘッダがそのまた身代わりになったと言うことだ。回りくどい龍の託宣に、困惑しか起こらない。

「幸い娘は体が弱かったため、社交界にほとんど顔を知られておりません。入れかわった所で怪しむ者もいないでしょう」
「それはわたくしも同じこと。ずっと病弱と偽って人前には出なかった身ですもの。王女と気づかれることもそうないわ」
「クリスティーナ様は……本当にそれでよかったのですか……?」

 ずっと誇り高い王女として生きてきた彼女だ。自身の名を捨て去る苦悩がいかほどのものか、リーゼロッテには想像すらできはしない。

「そうね……まったく葛藤がなかったと言うなら嘘になるわ。だけれど……」

 伏し目がちに言ったクリスティーナは、隣に座るアルベルトに視線を向けた。

「王女の立場を捨てなければ、こうしてアルベルトと添い遂げることなどできなかっただろうから」

 穏やかにほほ笑んだクリスティーナに、アルベルトは熱の(こも)った瞳を返す。あの日、失ったはずの王女を取り戻したのだ。彼の心中(しんちゅう)を思うと、リーゼロッテの胸に熱いものが込み上げた。

「……本当にあなたは相変わらずね」

 音もなく涙を流し続けるリーゼロッテに、クリスティーナは再び苦笑いを向けた。

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