ふたつ名の令嬢と龍の託宣
「こいつに見覚えがあんだろう? なぜこれを手放した」

 包む白い布が広げられる。目の前に置かれていたのは、あの日、自分が王城の廊下に打ち捨てた剣だった。ナイトの称号を得たときに、王女から賜った騎士の誇りだ。だがもはや何の意味もない。
 何も答えずに剣を見ていると、バルバナスが焦れたように舌打ちをした。

「クリスティーナは殺された。それなのに、どうしてそんなに()抜けていられる?」

 この男は託宣の事実を知らないでいる。先王の嫡子(ちゃくし)に生まれながら、まったくの部外者だ。王女は誇りにかけて、龍の託宣を果たした。事の顛末(てんまつ)はそれだけだ。

「……お前もだんまりを決め込むのか。どいつもこいつも龍の言いなりだ。クリスティーナの死を(いた)む奴など、誰ひとりいやしねぇ」
「国のため、王女殿下は立派に責務を果たされました」

 無感情にそう告げる。(わずら)わしくて、早くひとりにして欲しかった。

「てめぇ、本気でそんなこと抜かしてんのか?」
「もちろんです」

 何もかもが終わってしまった。今さら何をどうする意味など、どこにあるというのか。

「クリスティーナはこの剣によって殺害された。そう聞いてもまだ同じことが言えんのか、ああ?」

 ドスのきいた声に、はっとそれを見やった。
 手入れを怠ることなく鏡のように輝いていた剣は、今は見る影もない。刃こぼれをおこし、所々どす黒くこびりつくのは、時間が経った血のりに見えた。

「この剣で、クリスティーナ様が……」
「胸をひと突きだったそうだ。どうしてこれが神官の小僧の手に渡ったんだ。アルベルト、お前と言えど理由如何(いかん)によってはただでは済まさねぇ」
「クリスティーナ様が……この剣で……」
「だからそう言っている! オレの質問に答えねぇか!」

 胸ぐらをつかまれ乱暴に持ち上げられる。憤怒(ふんぬ)の形相のバルバナスを見つめ、アルベルトは乾いた笑いを口元に浮かべた。

「何が可笑(おか)しい?」
「……この剣でクリスティーナ様が……はっ、はは、ははは……!」

 この剣に貫かれ、王女は()った。王女を守るため、日々己が磨き上げてきたこの剣でーー

 そう思うと笑いが止まらなかった。王女は最期(さいご)までともに()った。死するその瞬間に、自分はクリスティーナとともに在れたのだ。

 笑いながら、頬に熱い雫がとめどなく流れた。王女の背を見送ったあの日から、初めて流した涙だった。

「ちっ、話にならねぇ」

 いつまでも泣きながら笑っているアルベルトから、バルバナスは乱暴に手を離した。打ち付けられた体もそのままに、床に転がり狂ったように笑い続ける。
 舌打ちをしてバルバナスが出て行ったあとも、アルベルトは天井を見上げ薄ら笑っていた。騎士に引きずられ、元いた部屋へと戻される。

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