ふたつ名の令嬢と龍の託宣
     ◇
 まどろみからようやく覚める。うすく(まぶた)を開くと、枕元からリネンに流れる自分の蜂蜜色の髪が目に映った。それを踏みつけないよう注意しながら、手をついて気だるい体を何とか起こす。
 ぼんやり見回すと、昼も過ぎたいい時間だ。隣で寝ていたジークヴァルトの姿は()うになかった。

「リーゼロッテ奥様、お目覚めになられましたか?」
「エラ……ごめんなさい、わたくしまたこんな時間まで寝てしまって……」
「いいえ、お体を休められたのなら何よりです」

 その言葉に頬が熱くなる。神事の旅から戻って十日ほど経つが、遅寝遅起きの日々が続いていた。原因はもちろんジークヴァルトだ。

 夫婦の夜の営みは毎晩欠かすことなく行われ、明け方になってようやく眠りに落ちる。起床が遅くなるのも当然と言えるだろう。
 それなのにジークヴァルトは早朝から執務をこなし、夜遅い時間になってようやく戻ってくる。その間リーゼロッテは昼過ぎに起きて、部屋から一歩も出ずにジークヴァルトが帰るまでゴロゴロしているだけだ。

(部屋から出ようにも、気力が湧かないのよね……)

 重い足を動かし、どうにかこうにか寝台から降りる。(わく)だけの扉をくぐって、簡素な居間へと移動した。
 ここはジークヴァルトの部屋だ。婚姻を果たしてから、夜の間はずっとこちらで過ごしている。日中のひとりきりの時間だけ、となりの自分の部屋に戻るのが日課となった。

 夫婦の続き部屋は衣裳部屋(クローゼット)でつながっている。今では鍵がかけられることもなく、いつでも扉は開きっぱなしだ。壁に掛かる幼い自分の肖像画を見上げながら、エラとともにその扉へと向かった。

「旦那様は子どものころから、この肖像画を見て過ごされていたのですね」
「恥ずかしいから外してほしいって言っても、ちっとも聞いてくださらないの」
「それは無理でございますよ。こんなに愛らしい肖像画を外すなんて、とんでもありません」

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