ふたつ名の令嬢と龍の託宣
 冷たい声でマテアスが睨みつけた。その言葉をジークヴァルトは無言で受け止めている。

「ち、違うのよ、マテアス。ヴァルト様は何も悪くないの!」

 慌てて立ち上がり、リーゼロッテはジークヴァルトをかばうようにマテアスの前に立った。

「本当よ? わたくし少し怖かっただけで、今は何ともないわ。それに、ヴァルト様はわたくしを助けてくださったの。だからそんなふうにヴァルト様を責めないで……!」

 泣きはらした赤い目のリーゼロッテに懇願されて、マテアスはハの字に眉を下げた。

 エマニュエルは複雑な心境だったが、正直ほっとしていた。怖い思いをしただろうに、リーゼロッテはジークヴァルトを恨んではいないようだ。

 それに、ジークヴァルトを殴ることでマテアスがそれを引き受け、ジークヴァルトの罪を軽くした。もちろん、それですべてが許されるというわけにはいかないだろうが。

「使用人が主人を殴るなど、一体どういうことだ!」

 騒ぎを聞きつけたエーミールが、後ろから割って入るように怒りの声を上げた。エーミールはジークヴァルトを心酔している。マテアスの行動は到底許せるものではなかった。

「いや、いい。今回の件はマテアスの言う通り、すべてオレの不手際だ。先ほどのマテアスの所業は不問とする」

 ジークヴァルトは静かな声で言った。
 当主の命令は絶対だ。不服を申し立てる者がいるはずもなく、これ以上、詮索できる雰囲気でもなかった。


 事の次第は、エッカルトにのみジークヴァルトの口から真実が語られた。その他の者は、見聞きしたこと一切の口外を禁じられ、今回の騒動は秘密裏に処理されることとなった。

< 640 / 678 >

この作品をシェア

pagetop