ふたつ名の令嬢と龍の託宣
 ジークヴァルトはそっとリーゼロッテを床に降ろして立たせると、エマニュエルに目配せした。

 黙って頷きながら、エマニュエルがリーゼロッテの元へ歩み寄る。
 ジークヴァルトの手からリーゼロッテを引き受けると、支えるように荒れた室内を移動してソファの上に座らせた。安心させるように細い肩を抱き寄せ、エマニュエルは涙の残る頬を胸に抱いた。

「リーゼロッテ様、もう何も心配はございませんからね」

 できるだけやさしく声をかける。エマニュエルの言葉に再び瞳を潤ませて、リーゼロッテはそれでも大きく頷いた。

 ハーフアップにしてあった髪はほつれ、ドレスにしわが目立つが、それ以上リーゼロッテの着衣が乱れている様子はなかった。ほっと息をつくと、エマニュエルはジークヴァルトに視線をやった。

 後から入ってきたマテアスが、無言でジークヴァルトの元へ歩み寄る。努めて感情を乗せないようにしているマテアスの表情は、どことなく冷ややかに感じられた。

 つかつかと真っ直ぐ進みジークヴァルトの前で立ち止まると、マテアスはおもむろにこぶしを握りしめた。その手を振りかぶったかと思うと、迷いのない動きでマテアスはジークヴァルトの顔を思い切り殴り飛ばした。

 上から下へ振りきるようにして殴られたジークヴァルトは、半歩足を後退させた。

「ヴァルト様……!?」

 ガツンとした大きな音に、リーゼロッテは驚きの声を上げた。マテアスがいきなりジークヴァルトを殴るなど、びっくりしすぎて溢れて止まらなかった涙も一瞬で引っ込んでしまった。

「何をなさっているのですか、あなた様は? このように大事なリーゼロッテ様を傷つけて」

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