ふたつ名の令嬢と龍の託宣

【第30話 ためらいの午後】

「ねえ、カーク。なんだか暇ね……」

 日当たりのいいサロンで紅茶を飲みながら、すぐ脇の壁際でたたずむカークに声をかけた。

 今この場には、リーゼロッテとカーク以外に誰もいない。返事が返ってこないのはわかっているが、独り言を言うよりは、よほど建設的といえるだろう。

 サロンの入口には護衛としてエーミールが控えているのだが、リーゼロッテにはそれと分からないよう配されていた。

 あの日以来、力の制御の訓練は行われていない。それどころか、ジークヴァルトの顔をちらりとも見かけていなかった。

 あのぐちゃぐちゃになった執務室を思うと、その事後処理に追われているのだろう。そう思いたいのだが、あんなことのあった後では、ジークヴァルトも顔を合わせづらいのかもしれない。

 無意識に自分の手首を反対の手で握りしめた。

 今はドレスの長い袖に隠されているが、そこにはまだあの日の(あと)が残されている。だいぶ薄くなってきているものの、手首は掴まれた形のままあざとなって、あの日の出来事をなかなか忘れさせてくれない。

 リーゼロッテは先ほどから何度もついているため息を、ふたたびその口から小さく漏らした。

『ため息ばかりついてるとしあわせが逃げてくよ?』

 からかうような声音に、はじかれたように顔を上げる。同時に壁際のカークが、ぴょんとその場で大きく跳ねた。

 無意識に距離を取ろうと立ち上がったリーゼロッテは、あの日以来、初めて目の前に現れた守護者の出で立ちを見て、真っ青な顔になった。

「は、ハルト様……そのお姿は、どうなさったのですか……?」

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